第410話 従業員はみんな元気

 なんだろう、ソレイユが微妙に変た……いや、美術工芸品をこよなく愛しているようだ。


 俺の塔は一階倉庫の扉も新しくなっている。内部の棚などのパーツは届いているが、組み立てを待っている状態。こっちは全部揃ったら調整しながら組み立ててもらう予定、ここが最後だ。宴会やってったり、資材いれてたりしてたからね。


 倉庫なんでそのままでもいいんだけど、この部屋だけ手を入れないのは……っ! となった模様。地の民が作った、宴会用の急拵えの机やらだけでもソレイユが卒倒しそうだったんだけど。


 ソレイユに贈った執務机は、広い倉庫で先に組み立ててもらって塔から運び出した。その時も玄関扉に「雨ざらしぃぃぃっ」と言って取りすがっていたなそういえば。机の方は、養生のために布で包んであったんで反応見てなかったけど。


 ごめんね、倉庫の扉も新しくなりそうなんだ……。


 微妙な気持ちになりながら、お土産の箱をサイドテーブルに置く。木箱も地の民作と言えば作なんだが、こういうものは質実剛健みたいな感じを好むようで、無骨な感じ。


 俺は無骨な感じも好きなので、森の家の家具はこの系統で揃えてもらう方向。あっちも植えた草木が伸び、もともと生えてた森の植生と混じって庭がいい感じ。


「ゲーム盤と駒なんだけど、二セットあるから四人で使ってくれ」

ぱこっと箱の蓋を開けて、中身を見せる。


 チェスに似た、ナルアディードではやっているゲーム。駒は楓と黒檀、地の民作。色の違いでしか継ぎ目の分からない市松模様盤を取り出し、その上に駒を並べる。繊細な駒の意匠。


「ひっ……」

ソレイユが固まった。


「お願い、そっと、そっと丁寧に扱ってちょうだい」

震える声がソレイユから漏れる。


 黒檀お試しで作ってくれたやつだけどね。楓も土偶ちゃんの湖産。枝――と言っても普通の丸太サイズ、さらに小枝部分でも色々作れる。


「これは見事だな」

珍しく感心するキール。


「キールにも良さが分かるとは……よほど腕の良い職人なのですね」

笑顔のアウロ。


 キールとアウロは仲がいいのか悪いのか、よくわからない。


「素晴らしいわ。なんと言えばいいのかしら、宝石のように艶やかだわ。手を触れるのをはばかるくらい。この駒ひとつでいったい幾らの値がつくかしら……」

うっとりと眺めつつ、値踏みするソレイユ。


 あとそれ俺が散々指紋をつけた後です。拭いてきたけど。


「ついでにこれも」

象嵌細工の小箱と寄木細工の小箱。色々のうちの二つ。


 土偶ちゃんの巨木のおかげで、木工職人が盛り上がっているんだけど、他の専門職がギリギリしてた。木工以外もと、精霊鉄やらを提供してみたけれど、それらを加工できる権利があるのは、選ばれた腕のいい職人のみらしい。


 で、あやふやな知識だけれど、からくり箱とか秘密箱とか細工箱とか言う物の存在を教えてみた。あとオルゴールと錠前と鍵。鍵はあるけれど、そう複雑なものではないので、複雑なものの存在を教えてきた。構造は知らないけど!


 それらの再現に地の民が夢中になっている。きっと最終的には地の民らしい美しいものが出来上がるんだろうけど、構造の再現は端材でもチャレンジできるからね。


 地の民って、あんなに指がぶっといのにどうやって細かい調整をしているのか。


「こちらも美しい……。寄木も象嵌も表面が荒れがちになるのに、木の艶となめらかさが、見ているだけで手に吸い付くんじゃないかと思うくらいだわ。象嵌は夜光貝と、これはセイウチの牙? この辺りでは象牙が主流だけれど、これも美しいわ」

うっとりしつつも解説。叫びつつ解説もしてくれるし、ソレイユは本当に商売人なんだなと、変なところに感心する。


 吐息がかかるほどににじり寄って、うっとりしてるのがあれだが。サイドテーブルに顔を近づけるために、膝立ちになってるし。そしてその膝立ちになる間際に、ファラミアがクッションを差し込んでるし。


 止めないの? 奇行は容認して、補佐するの? こっちの二人の関係も不思議だ。


「で、これは菓子ね」

「よし、茶にしよう」

間髪入れずキールが言う。ついでに伸ばした手を高速でファラミアに叩き落とされた。


 そして流れる様に、ゲーム盤や小箱をしまい始めるファラミア。アウロも参加して無言のまま、うっとりするソレイユを無視して、柔らかい布で包み箱に戻す。


「あーーー、もう少し、もう少し眺めさせて……っ!」

「お茶や菓子くずがかかります」

表情を変えずに作業を続けるファラミア。


「う……っ」

がっくり項垂れるソレイユ。キールが暴れる可能性があるからね! しょうがないね!


「ソレイユ様、こちらに合う飾り棚を」

「ええ、注文するわ。ガラス、ガラスをはって中を見える様に!」

ファラミアの言葉にがばっと顔を上げてキラキラするソレイユ。結構簡単構造だな。


「いや、ゲームは普通に遊んで欲しいんだが」

小箱も何か入れていいんだぞ。


 従業員全員用のお菓子はさっさと鍵のかかる戸棚へ。この鍵も夜中に死闘の末、開けられたことが何度かあるようなので、地の民には複雑な錠前を早く作って欲しい。


 お菓子で死闘とか一体どうなってるんだ、うちの島。


「競い合い、毎夜技術を高めております。今ならば大国の王の寝室へ忍び込める者が数人……」


 にこやかなアウロ。


 一体何の目的で何を鍛えてるんだ……? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る