第277話 神子

「起きねぇけど、大丈夫なんだろうな?」

ディーンがローブを見ながら言う。


「平気だろ」

座布団が魔力を吸ってるだけです。


「治癒は精霊の能力だろうから、怪我をしていても治る。――それにしても、こんなに精霊に懐かれているのに、あの性格か……」

ディノッソが転がされたローブに、ちらっと目をやって言う。


「……」

くっついてるのは、魔力を吸ってるだけです。傷を癒しているわけでも、懐いているわけでもないです。


 俺には、座布団被って寝ているように見えるけど、ディノッソとかには光の球が背中にくっついてるみたいに見えてるんだろうな。


「メイケル、魔物がいないうちに下層の近道を開拓しとこうってんで、二十層に物資が続々届いている。腹一杯飲んで食ってしていいぞ」

レッツェがお守りさんに状況を説明している。


 執事によって、豚の燻製が分厚く切られ、熱したフライパンに放り込まれると、滲み出た脂が弾ける。


 ホットサンドメーカーや焚き火台は、お守りさんがいるのでお休み。ドライトマトはダメだろうな……、でもキノコならいける。


 ディーンから分厚い鉄鍋を借りて、乾燥キノコを入れ、水代わりの薄い酒で戻す。胡椒少々、塩気はベーコンの細切れを放り込んだのと、水気が少なくなったところで投入したチーズから。


 日持ちする代わりに、ぎゅっと身が詰まって固いパンを薄切りにして、適当に炙る。その上に、鍋のキノコを乗せてみんなに配る。パンは城塞都市で買った、中も焦げ茶色で、ちょっと酸っぱいヤツ。本当はもっと北の方のパンらしい。


 そろそろ鮭の季節だし、釣りに行ってみようかな?


「美味い、それに熱いのがうれしい。そういえば王狼バルモアの精霊は火のドラゴン、でしたね。精霊が少ないのは予想してたんですが、魔物もいないだろうってことで、二十七層くらいまでは行けると思ってしまった。ご迷惑をかけました」

改めて全員に頭を下げる、お守りさん。


「予定通り、二十七層くらいまでなら行けたろ?」

「いや、そいつらが最初におかしくなったのは二十四層の途中だ。気づいた時点で戻るべきだったんだが、俺では止めきれなくってな。微妙に家族を害するようなことまで仄めかせてきた。そんなやつじゃないと思ってたんだが、見誤っていたようだ」

レッツェに答えて、肩をすくめるお守りさん。


 精霊が少ないことを予想して、高いけど火が消えにくいランタンを買ったり、色々準備したんだそうだ。


 お守りさんが漏れ聞いたギルドの予想は、精霊がそこそこ残り、黒精霊が生まれているものの、黒精霊同士、もしくは残った精霊を取り込むことを優先している状態、だったらしい。


 ただの勇者じゃなくって、『人形』だ。精霊を食らって力にするので、実際は精霊も黒精霊もほとんどいなくなっている。


 黒精霊も少なかったけど、他に食ったり憑いたりする対象がいなかったのだろう。意思あるものに憑くのは結構大変なのだが、ストレスのかかる環境や、精神が怒りや悲しみ、疑いなどで不安定だと、比較的憑きやすいらしい。 


 多分、ローブが憑かれなかったのは精霊のおかげ、お守りさんが選ばれなかったのは、安定した精神のおかげ。


「食後のお茶をどうぞ。リラックスする調合です、見張りはこちらでいたしますので、ゆっくりされてください」

執事がお茶を勧めると、最初は遠慮していたものの、うつらうつらし始め、しばらくすると大人しく横になった。


 執事、それ本当にハーブの類? 脱法ハーブもハーブですとかいう落ち?


「さて、ちょっと予定と情報のすり合わせと行こうか」

ディノッソが手を擦り合わせて言う。


「まず、神子というのは何だ? 俺の認識としては、神殿で精霊が憑くことを期待して飼う子供だが」

「身も蓋もねぇが、だいたいあってるな。口減らしで殺されるのと、衣食住が保証されて囲われるのと、どっちが幸せかは本人の判断だ」

カーンの質問にディノッソが答える。


 執事にお守りさんが退場させられてるので、俺も質問していいだろうか。


「神子ってのは、俗世の価値観から離して必要な知識だけ学ばせて、神殿の顔として儀式や祭祀に参加させる。普通はあんまり表に出ねぇんだが、城塞都市の神子は欠損も治すってんで、金を積むやつが多い上、神殿も断らず、露出も多けりゃ、金積んだやつとの交流もするってのは聞いてる」


「神殿の広間に描かれた魔法陣と、他に五人から六人の補助を使って行う。一度だけ見たことがあるよ!」

ディーンとクリス、さすが城塞都市に通う男たち。というか、見学可なんだ? 


「面のいいやつを選ぶところも多いな。白状すると、最初はジーンはどっからか脱走した神子かと思った」

「俺はルフだと思ってた」

レッツェが言えば、ディノッソも。


「ルフは、非現実的で思いつかなかった。そのうち浮世離れしてるだけじゃなく、明らかにおかしいのが分かって、隠れ里から出てきたルフの疑いも持ったけどな」

「明らかにおかしいってなんだ」

レッツェの言葉を聞きとがめる俺。


 全員、俺を見てから、一斉に目をそらすのやめろ!

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