第276話 座布団

 出頭しました。手加減もしたので、拘束を解いて脱走した件について、減刑をお願いします。


「別に怒ってねぇよ。アレの身分を聞いちまった後だと、もっと面倒だった気がするしな――黒精霊ならしかたねぇだろ。あとお前、魔法使い設定な」


 元の位置、レッツェの隣に戻った俺。最後は小声で脇腹をぐりっと指でされたが、どうやら無事減刑された模様。


「レッツェか。助かった、ありがとう」

お守りさんがレッツェの姿を確認して、ホッとした様子。お礼の言葉は、全員に。


「久しぶりだな、メイケル。お互いこんなとこで会うとは思わなかったな。で、それは何なんだ? 上に副ギルド長が来ているのは本当だぜ?」

どうやらレッツェの知り合いのようだ。


 執事がいい笑顔で、座布団ローブに猿轡を噛ませて縛り上げているのが見える。背中に足をかけて、ぎゅうぎゅうに縄を引っ張ってるのだが、みんな見ないふり。


「ありゃ、神殿の神子だったやつだ。前の神官長の息子で、成人して2年、まだ聖人の認定がもらえないことに腹を立てて、冒険者に鞍替えするって騒いでるのさ」

何だ、何だ? お守りさんから、神子とかなんか中二病っぽい単語が出たぞ?


「あー。前の神官長が慕われてた上、治癒の腕だけはよくて、欠損も治すっていうアレか」

「そう、扱いに困るアレだ。冒険者ギルドのほうも、まあ、欠損で担ぎ込まれるのは、高ランクの冒険者が大半だしな」

二人の話に聞き耳をたてる俺と、ほかの面々。


 よしわかった。座布団を取り上げて、他の神官に適当にくっつければ、ギルドの方は解決だな?


「起き出して面倒なことになんねぇうちに、進んでおこうぜ」

ディノッソの言葉で歩きながら話すことになる。


 座布団ローブはカーンが担ぎ上げてるからいいんだけれど、黒精霊憑きがいるので歩みはそう早くない。二十層に着くまでには何事もなくても一泊は確実。


 色々聞きたいことはあるけど、冒険者としての一般知識をお守りさんの前で聞いてしまってはまずいので、おとなしくしている。


『座布団くんは、喋れるの?』

座布団がこちらの問いかけに気付いたようで、ちょっと上体(?)を持ち上げ、角を振ってくる。


 どうやら喋れないタイプのようだ。でも、人との意思の疎通は図れそう。


『その憑いてる奴のこと、気に入ってるのか?』

これもまた角が振られる。


 よし、第一段階クリア。本人の意思の確認は大事だと思う。なお、座布団ローブに関しては考えないものとする。


『ほかの奴に憑く気はない?』

下半身(?)を丸めて、上の角で盛んに指す。


『それで縛られてるのか?』

上の一辺が上下に振れる。


 座布団の裏側――浮いているので丸見えだが――の4分の一に、アズの時のような呪文の書き込みのある帯が巡っている。


『我が血に連なる者に、魔力大きな者が出た時、憑き、助けよ。代償はその魔力なり――か』

その他、憑かれた者の安全に関するお決まりの模様の数々。もちろん、むしっととって廃棄です。


 体を折り曲げ、せっせと下半身を確認している座布団。


『神殿関係者に好きな奴がいたら憑いてやってくれ。でも、不本意に拘束されてたんならそれも嫌だろうし、好きにしていいぞ』

魔力の大きな者が現れない間は自由だったのだろうけど、いったい何代前の契約なのかわからない。結構長い間、拘束されてたんだろうか?


『ああ、そうだ。そいつの魔力、二、三日失神するくらい吸っちゃって、吸っちゃって』

お? いいの? みたいに上半身を上げて、少し間がある。


 カーンに担がれたローブの背中に乗って、魔力を吸い始める座布団。ゆっくりお吸い。


『お前、精霊に何をやっている?』

『黒っぽいモノが憑いていたので、破棄しました』

カーンに見咎められたけど、気にしない。黒精霊ですよ、黒精霊。


『微妙な悪さをしている自覚があると、丁寧語になるとレッツェが言っていたぞ……』

レッツェ!!


 レッツェを見たら、お守りさんと話している。


『そういえば、神子って知ってるか?』

『話をそらしたな? 神子は、俺の時代と変わってなければ、神殿が囲っている子供のことだな。その神殿が信奉する神の系列の精霊が憑いているか、憑きやすいかが条件だ。神殿内で都合のいいように教育しつつ、精霊が憑きにくくなる成人までは、成るべく系列の精霊が集まる場所から出さない』


 カーンが分かりやすく説明してくれた。より面倒にはなっているかもだが、大筋では変わっていない気がする。


『なるほど。精霊が憑きやすい条件の中に閉じ込めておくのか』

で、思ったように精霊が憑かなかったら、成人と共に放逐されるか、ただの神官になるわけか。


『これは俺の理解だ。神殿には神殿の言い分があるだろう』


 『精霊の枝』は全ての精霊を受け入れ、街に密接した場所。一方、神殿は特定の精霊を崇める集団が、組織立って動く場所。

 他の精霊に対してもおおらかで、領主と同じように『精霊の枝』を管理する神殿、逆に排他的で過激な神殿まで規模も在り方も様々。


 火がなくても、水がなくても生きていけないから、精霊を排除するというより、違う精霊を信奉する人間同士で争ってるだけだけどね。面倒臭い。


 精霊同士だと、自分の存在でうっかり相手を消しちゃうことはあるがな! 火の精霊が近くにいた、木の精霊を取り込むとか、水の精霊が土の精霊を流してしまうとかは、日常茶飯事で自然なこととして、ちょっと戸惑いを見せることもあるけど本人同士気にしていない。


 精霊が良くも悪くも、大きく感情を動かすのは人の手が加わった時が多い。


『レッツェにも聞いておけ。いや、待て。俺が聞く』

ちょっと、カーン? その心変わりはどうしてか聞いていい?

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