第278話 誕生日

「国も宮廷魔導士として魔法使いを集めておりますし、神殿も適当な地位を設けて魔法を使える能力者を集めております。神子のほかにも『精霊の蕾』など、名誉と尊敬、報酬もそこそこでございますが、実権がない地位でございますね」

執事が話を元に戻す。


 『精霊の蕾』は坑道で会った大福がくっついてた女の人が言ってたやつだ。周囲の――神殿に集まっている精霊から力を借りて、回復や治癒を起こせる女性のこと。男は『精霊の葉』だったかな? うろ覚えだけど、調べた!


 魔法の使い方としては、俺も両方やってるけど、契約した精霊の力を借りるか、周囲の精霊の力を借りるか。契約した精霊は別として、普通は憑いている精霊がいると、周囲の精霊は力を貸さない。


 同系統の魔法ならば、憑いてる精霊経由で協力も考えられるけど、力を貸した時に、その相手の魔力なりなんなり貰うことになるので、その人のことが気に入っている精霊に遠慮してってことらしい。


 あの坑道であった、ぽよんぽよんした女性が、大福に憑かれたから蕾じゃなくなった的なことを言っていたのはそのせいだろう。寝ちゃうっていうのもあるかもしれないけど。


 それにしても、大福こねたい。


「二十層のメガネにさっさと引き渡して、家に帰って風呂に入りたい」

「お前、本当に風呂好きな」

「潔癖症気味だね!」

俺の感覚から言うと、ひと月以上入らなくって平気なのが信じられないよ! 


 カヌムは森のおかげで、水も薪も手に入りやすい。さらにディーンとクリスの二人は水浴びの習慣があるんで、普通の街の男よりは綺麗好き。洗濯屋を使うようになってから、着たきり雀じゃなくなったし。そうしないと、俺が突撃してって脱がすからな気もするけど。


 冒険者は比較的綺麗にしてるほうだけどね、鼻の効く魔物は多い。


「ジーンに勧められて入浴の習慣をつけたが、体調がいい」

アッシュの言葉に頷く執事。アッシュと執事に風呂の習慣がついて何よりです。


 貴族じゃ、布で拭き浄める清拭せいしきが主流だったらしい。ほかに手や口を水やワイン、酢ですすぐとか。


 勇者が頑張ってくれたおかげで、西の方では空前の風呂ブームだが、水と薪の問題があるので庶民には行き渡らないかもしれない。

 

 マリー・アントワネットは、病的な潔癖症って呼ばれてたんだっけ? 一ヶ月に一回の割合で体を洗っていただけで、そんな呼ばれ方した俺の世界の近世よりマシかもしれん。


「お前も律儀だな。戻った時に入ってくりゃいいのに」

レッツェが言う。


「それはズルだからダメ」

この穴蔵から出て、外で散歩してるだけでもだいぶ反則だと思う。リシュに匂いを嗅がれる時間が、伸びてきてるのがつらいくらいだし、我慢する。


 帰ったら秋刀魚を焼いて日本酒だ。


「そういえば、みんなって誕生日いつだ?」

「私は水の月だな」

水の月は二月頃だ、こっちは冬の方が雨が多い。


 最近、月の呼び方は学習した。学習前は全部一月とか二月とか、日本の一般的な呼び方で聞こえてたんだから不思議だ。


「何日?」

「その月に生まれたとしか。日付まで記録されるのは王家くらいなものではないか?」

えー?


「ちなみに、俺たち庶民は全員新年に歳をとるぜ?」

えー?


「地方の貴族もそうする家が多いですな。領民と一緒に歳をとり、祝うという。中央の貴族は、誕生のお披露目もございますし、祝いが重ならぬよう月で分けたのでしょう」

執事が説明してくれる。


「ジーンはいつなのだ?」

篝火かがりびの月の二十二日目」

篝火の月は、月末に篝火を焚いて夜通し騒ぐ祭りがある月だ。先祖が帰ってくるとか、精霊が騒ぐとか、いろいろ理由をつけてるけど、祭だな。


「む、過ぎているではないか!」

アッシュの言う通り、ちょっと前に過ぎた。


「おう、おめでとう」

そう言ってナッツバーを手に乗せてくるレッツェ。


 それを皮切りになんかいろいろ食い物をもらった。


 こんな感じで、平和な道中を過ごしてきた俺たちが、二十層に戻ると事件だった。


「なんだいあれは?」

「四十六層の『地を潜る蛇』だな。さてはショートカットの調査で、うっかり釣ってきやがったな」

舌打ちしそうなディノッソ。


 蛇とはいうが、ひと抱えはありそな大蛇。魔物の証であるツノとは別に、頭のあたりの鱗には突起物があって、尻尾にも棘のようなものがある。


 俺たちが来た時、最初に見たのは鉄籠が放り上がる場面。鎖が外れて落ちてゆく鉄籠に替わって、顔を出す蛇という状態だった。


 名前からして、穴を掘って進むのだろう。その開けた穴に上から崖を降りて入ってしまった感じか。もしくはあまりのうるささに出てきたか。


 そりゃ、人にとってショートカットなら、魔物にとってもショートカットだよな。たまたま今まで、飛ぶタイプがおらず、狭いところを好む魔物だっただけで。

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