第139話 鋳物

 早朝の散歩の時に果樹園にカダルの姿を探しているのだが、ここ数日会えないでいる。


 今日も今日とて鍛冶の日。精霊が集まってこないうちにティナの分を作ってしまわないと。


 ティナの希望はハンマー、ピコピコハンマーではなくハンマーだ。なんでだって思うが本人の希望なのでしょうがない。せめてフォルムは可愛く……できるだろうか?


 さすがにこれにカンカンはやらず、木彫りで形を作って粘土と砂を混ぜたもので鋳型をとる。形はシンプルに円筒形の頭に柄をつけただけ――も、どうかと思ったので円筒形の上にリスが抱きついてる形にした。


 リスのモデルはエンの精霊だ。よし、可愛い! ……ような気がする。鈍器だけど。


 四角い木型の真ん中に木彫りのハンマーを入れて、砂を詰めて外側からごすごすと突き固め、ひっくり返して上にまた木枠をはめて湯道を確保して砂を入れまたごすごすと。


 ごすごすすると何か液体みたいなのが出てくるのだが、気のせいでなければ精霊だ。ごすごすでも出るの? 砂固めてるだけなんだが。


 とりあえずここでお昼、本日はお弁当。ご飯に梅干し、黄色い厚焼き卵、ウィンナー、一口カツを半分に割ったやつ、濃い緑にちょっとだけ黄色い花の咲いた菜の花、果物はウサギりんごが待機。


 外で食べるお弁当はおいしい。ちょっと前までずっとキャンプ状態で野外飯だったけど、お弁当はまた格別だ。


 草はらに仰向けになって空を眺める。冬の間はぐづついていた空が、春に変わった今は雲ひとつなく青い。


 リシュも今日は寝るつもりなのか、俺の隣でくるくると回って寝場所を確かめ、丸まる。


 食べてすぐに眠ると食道炎とかを起こしやすいって聞くんで良くないんだけど、満腹にこの陽気はちょっと我慢ができない。そこは【治癒】さんに頑張ってもらおう。


 起きたら型を抜いて、いよいよ溶けた鉄を流し込む。湯口にオレンジ色の鉄が流れ込む時に、精霊が生まれ四方に散って、すぐに細かいのにかわる。


 最初は溶けた鉄がはねたのかとドキッとしたが、線香花火みたいなのが俺の周りにたくさんできていてなかなか綺麗だ。


 その後はディノッソの炎の大剣、アッシュの緑と水と風の剣、レッツェの地味にしろと釘をさされた大地と緑の剣、クリスの光の剣、ディーンの炎の大剣。あまり鉱石を使わない三人には解体用のナイフ付き。


 なおディーンは結局ディノッソと似たやつで! との希望。王狼大好き男全開の時のヤツは、気持ち悪いものを見る目つきで見てしまう俺だ。


 クリスは下手をするとディーンと一緒に盛り上がり始めるし、レッツェも呆れながら放っておいている。なんというか、ヤツらの世代で王狼に憧れないほうが少ないんだそうだ。


 なれているせいかディノッソはスルーだ。伝説の男は冒険者ギルドに行くともっとすごいらしい。すごく面倒くさそう。


 さて、これで一段落。


 いつもは夕食を食べてから風呂だが、ここ数日は風呂が先。風呂上がりに牛乳を一杯飲んでから、食事を作り始める。


 あさりの酒蒸し、天ぷら、ご飯と味噌汁。春の風景を見てたら山菜の天ぷらが食いたくなった。


 たらの芽、独活うど、コシアブラ、コゴミ、蕗のとう。イカに車海老、ハマグリ、キス。


 海老は丸まらないよう、切れ目を入れて水気をよく切る、特に尻尾。イカには皮をむいて適当な大きさに切って紫蘇を巻く。ハマグリを剥いて水気を拭き取る。開いたキスの身も綺麗だ。


 下ごしらえは完了、今日は揚げたてを食べたいので台所で立ったまま食べる。


 まずはあさりの酒蒸し、この時期の貝は卵ができる前でぷりぷりに旨みをためている。少々行儀が悪いが、貝殻を指でつまんで出汁と散らした三つ葉ごとぱくっとやるとたまらない。


 独活は独特のすっとした味、蕗の薹はほろ苦い。車海老はからりと揚げてぷりっぷりの海老を楽しむもよし、半生の甘さを楽しんでもよし。


 季節を無視したものも混じっているけど、全部おいしい。幸せすぎる。


 食後はリシュが肉を食べているのを眺めながら、暖炉のそばで図面を見ながら必要なものをチェックする。ほとんどは職人に任せるつもりだけれど、窓用のガラスは作らないと。その前に島に行って、金銀コンビの仮住まいを借りよう。


 島の人に手伝いも頼んでおかないと。不便な島なので現金収入は貴重だろうし、外から来た職人だけが稼いでいたら面白くないだろう。


 明日は剣を渡しに行くつもりだが、怒られる物件が混じっている気がする。いや、でも元々精霊剣の依頼だし大丈夫かな? うん、たぶん。

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