第103話 抜け穴改良

「で? あの抜け穴が条件か?」

仕切り直しでディノッソが聞いてくる。


「ああ。後ろの家に住んでるのも訳ありで、いざという時の逃走経路としてお互い抜け道に使えないかなと。でもすぐバレるようなら少し改良したいな」

見つかるまでもう少し時間を稼げるようにしたい。


「いや、よくできてると思うけどよ」

「後ろっていうと、この家に入る隣の家よね? ジーンのお友達?」

シヴァが食べこぼしているバクの口を拭きながら聞いてくる。


「今いるかな? ちょっと待ってて」

多分だが、アッシュたちは朝一でクマ狩りに出かけている。


 クマ狩りは狩るのはすぐだけど、クマが出る場所まで行ってクマを探す時間が長い。アッシュたちが戻る時間は熊がすぐ見つかるか見つからないかに左右され、運が良ければこの時間に戻っている。


 アッシュの家の裏口をコンコンと叩く。


「ジーン様」

「すまん、今時間あるか? 例の家族が到着して、今いるんだが」

「アッシュ様を呼んで参ります」


 運良く戻ったところらしく、顔合わせのために家に来てくれと頼めば、二人ともすぐについて来てくれた。


「げっ! 影狼かげおおかみ!」

執事が部屋に入った途端、ディノッソが仰け反って声を上げる。


「おや、懐かしい呼び名ですな」

笑顔の執事が大変胡散臭い。


「ノート、知り合いか?」

「はい、アッシュ様がお生まれになる前に少々……」

右手を肩に当ててアッシュに浅い会釈をする執事。


 えーとディノッソ三十歳くらいだっけ? ノートが七十前後として、いつの知り合いだ? 若いうちに冒険者やっててあとはずっと執事だったんじゃないのか?


「隣国との一時的に不安定になった時、先代様の命で一時的に冒険者に戻っておりました、その頃の呼び名にございます。ディノッソ様の駆け出しの頃に一度お会いしたかと」


「私の専属執事に変わる前は、ずっと家令だったのだと思っていた」

うん、アッシュの言う通り執事は執事な気がしてた。


 だって隙がない執事ルックなんだもん。


「高齢でしたがまだ父が現役でしたので。離れている間に息子は三文安さんもんやすに育ったようですが……」


 こう、執事は息子を突き放しているというか、微妙にどうでもいい感がそこはかとなく。アッシュのほうが娘っぽいのかな?


「公爵家の家令に収まったあんたに、その後こき使われた記憶の方が強いっつーの!」

ディノッソが嫌そうな顔をしている。


「その節はお世話になりました。国外のことはなかなか行き届きませぬので」

にこやかにディノッソに感謝を伝える執事。


 なんか絶対それで済むようなことじゃない気がひしひしと。なんか駆け出しの頃に恥ずかしい弱みでも握られたんだろうか。あと、公爵家の執事――家令って国外のあれやこれやもするの? 


 シヴァはスルーということは、アッシュの国の貴族ってわけじゃないのかな? 執事は国内の貴族の顔全部覚えてる気がするし。俺の独断と偏見による印象だが。


 貴族の令嬢になんてどうやって出会ったんだろう、ディノッソ。いや、――井戸端に座ってた公爵令嬢がいたなそういえば。


「アッシュ様、こちらは王狼のバルモア。しばし姿を消していたようですが、名を馳せた冒険者、ランクは金です」

金なのはともかく、王狼のバルモアってなんだ、王狼って。オオカミ狩りばっかりしてたのか? 


 俺が頑張ってクマじゃなくオオカミ狩っても、なんか狼は北の冒険者に……、とか言われて、あだ名が熊から変わらなかったんだが、お前らのせいか!?


「あ〜。こいつがついてるってことは、あの嬢ちゃんか。あの公爵本当にやったんだな」


 む。ディノッソ、アッシュのことも知ってるのか。そして父親が精霊でアッシュを男らしく変えたことも。止めろよ!


「……ジーンもなんか聞きたいことがありそうだな? 言ってみな」

視線があった俺に、ため息をつくようにディノッソが言う。


「ディノッソとバルモア、どっちが姓でどっちが名だ?」

「そこかよ」


 だってこっち国によって姓名の順番違うし、父母それぞれの名前を入れてすごく長いとこもあるし、本名は隠して通名で通すところはあるし、陸続きのくせにバラバラなのだ。


「バルモアは自分でつけた、親に付けられた名前は覚えてねぇ。ディノッソはシヴァがつけてくれたから、今はこれが名前」

「なるほど」

俺も今はジーンだしな。


 神々が適当につけたこっち風の自由騎士としての名前もあるんだが、使ってないというか覚えていない。


「で? どうする? 住む?」

「ちょっと裏の家の住人が面倒だが、あの家ん中見せられたら住むだろ」

ちらっとシヴァを見てから答えるディノッソ。


 執事がいるおかげで、逃走経路が必要になる面倒ごとの内容を察したっぽいディノッソとシヴァ。話が早くて助かるけど。


「よろしく頼む」

「こちらこそ」

アッシュとディノッソが握手をして決定した。


「わーい! ジーンのお隣!」

「隣さん!」

「よろしく〜」

今までおとなしくしていた子どもたちがはしゃぎ始める。


 次々に自己紹介をしてアッシュと執事に挨拶をする。アッシュが戸惑って怖い顔になってるが、子どもたちは気にしない様子。強い。


 アッシュが女性だとわかっている人が増えたのはいいことかな? 気が抜ける相手が増えたってことだから。いや、でも俺の前でもレッツェたちの前でも態度はほとんど変わらないな……。素か、素で行動が男らしいのか!



「で、これ何で隠し扉だって気づいた?」

子どもたちを置いて屋根裏部屋へ。隠し扉改造のためまずはばれた理由の聞き取り調査。


「風の流れについて行って、あとは音。空洞だと音がどうしても違うのよね」

「他の家なら隙間だらけで気づかなかっただろうが、この家隙がないしな。なんでってなるだろ?」


「ああ。窓をつけたからか」

屋根に窓を自分の家とこっちにつけた。明かりをとるには窓の鎧戸を開けるのが一番で、ガラスは嵌っていない。


 今も明かり取りのために空けてある窓から風が入って来て、かすかに棚の背板が震えている。


「風はこちらの家の隙間を塞げば問題ないかと」

執事が言う。


 アッシュの家は風呂場は作ったけど、他は業者が手を入れただけで屋根裏はたぶん買った時のまま隙間だらけ。そりゃ他に抜ける場所がなければ隣に風がいくわな。


「あとは音か」

隠し戸を開いてぽっかり空いた穴を見る。穴を塞いだら出入りできないし、木の板を厚くしたところで問題の解決にはならないよな。


 穴の前に座り込んで頭を捻る。


「う〜ん。通る時以外は普通の壁のフリをお願いします」

解決策が思い浮かばず、石に宿る精霊と家にたむろしている精霊に頼ることにした。


 見る間に塞がる穴。あれ、音だけじゃなく外見も石壁になったんだが。俺の頼み方が悪かった――いや良かったのか?


「ちょっ……っ! お前はまたそういうことを人前で!!! ノート! どういう教育してるんだ!?」

「……責任の範囲外でございます」


 ディノッソの声に驚いていたらしいノートが硬直から解けて会釈する。

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