第367話 選択は本人に

「この神殿も王都もとても力強くて美しい場所――アタシが訪れた時は、もうこう・・だったけれど、水盆を使って父が見せてくれたわ」


 ハウロンの浮かべたライトの魔法、地下神殿に続く井戸の階段を下りながら、ハウロンが昔語り。神妙な顔で聞く俺をちょいちょいとつついてくるレッツェ。


 微妙な微笑みの執事。ちょっと離れた後ろで、話が聞こえていないのだろう、ディノッソは子供たちと盛り上がっている。


「この地に立てて光栄だよ! それにこの王国の栄華を記憶し、最後を支えた王と魔法使い殿に出会えたことも!」

クリスが感に耐えないような表情で。


「ふん。――王国を滅ぼした滅びの王だ」

カーンがぶっきらぼうに返す。


「ティルドナイ王……。貴方が王になった時にはもう、滅びに向かうのを止めることは無理だったと聞いているわ」

「強大な国、特に王の枝がある国は、過去の例から言って、一度破滅に向かって舵を切ると、黒い精霊と人の欲望の連鎖連鎖の雪崩が起きて、止めるのは難しいんだろうな」


 レッツェの言う通り、王の枝のある国の滅亡理由を調べたら、大体大きくなりすぎて滅びている。人が多くなると、望みの種類も増えるし、変わる。国民全員が当初の王の枝への誓いを守ることは難しい。


 建国の理想は生活の現実と欲望に負ける。ついでに王の枝からもたらされる、他の国とは違う恵に胡座をかきはじめる。


 守られない誓いに王の枝の黒化が始まると、人の心や行動から生まれる黒精霊が街に留まる様になる。対策として、枝を持たない神殿とかがやっているような結界やらを置いていた国もあったが、黒化した王の枝はむしろ黒精霊を招くため、無駄だったようだ。


 俺は考えるの嫌なんで、これ以上広げないぞっと。島とタリア半島の耕作地で打ち止めです。住民も最小限で移住許可は出さない方向。


 でも結婚出産で増えるんだよな、その辺どうしようか悩み中。


 祖父母、父母、子供が三人。家に住める人数を七人設定にして、八人目から人頭税を跳ね上げる感じで制限。分家する場合は、島に家の空きがあれば、島外からの移住希望者よりはゆるい条件で許可。今のところこのソレイユの案を採用しているんだけど。


 耕作地の方は元から住む住人をそのまま受け入れているので、精霊の枝を置く予定はない。俺の出した方針に従えない人もいるだろうし、その人たちに突然出て行けとも言えないし。整備も含めておいおい考える方向。


「へぇ、これが精霊灯か」

「壊れちゃってるけどね。その灯も美しかったわよ」


 考えながら歩いているうちに階段は終わって、回廊。途中の通行止めギミックは、ベイリスとハウロンが開けた。


 俺が初めて来た時、調べたものを、レッツェが興味を持って覗き込んでいる。


「……なんでこんなところに木箱が?」

比較的形の残った精霊灯の下、ハウロンが怪訝そうに木箱を眺める。


 それは俺が精霊灯をよく見るために設置した木箱です。しまい忘れた!


「……」

レッツェの視線が痛い! 俺の行動読むのやめてください。


 そして王の間。


 多分崩れる前は壮麗だったろう左右に並ぶ石柱。高い天井、カーンの居た石の王座。


 どこからかサラサラと砂が入り込む――いや、出て行っている。ここが埋もれない様にベイリスが砂を外に出してるのか。


「俺は奥へ。すぐに済ませる」

カーンはそう言うと、ベイリスとともに通路に消えてゆく。


 王の枝のあったとこで、仕えてくれていた人たちに祈るとかかな。カーンは感傷的な性格ではないけれど、礼儀的に。


「じゃあ茶でも飲んでるか」

【収納】から絨毯を取り出して何枚か敷き、茶の用意。


「お茶〜」

「飲みたい!」

「お腹すいた!」

お子様三人は元気。


 シナモン、クローブ、カルダモン、使う直前に砕いたり割ったりすることで、香りが格段に良くなる。チャイですチャイ。シナモン諦めてないぞ!


 小腹が減ったらしい子供たちに、砂糖控えめのバナナケーキをつける。


「完全に隠す気はないのね」

「このメンツにはな」

呆れたようなハウロンに答える俺。


「甘いなこりゃ」

「ああ、だが不思議とこの暑さと合うよ!」

チャイを飲んだ、ディーンとクリス。


「……」

甘いのが気に入ったらしいアッシュは花を飛ばしている。


「スパイスがいい香りだわ。何が入っているのかしら?」

シヴァは配合を気にしている様子。


「普通の茶より腹にたまるな」

それは牛乳のせいです、ディノッソ。


「ところでアナタたち、さっきから私に言いたいことがあるんでしょう?」

油断していたところでハウロン。


「うッ」

「俺を見るなよ」

レッツェに助けを求めたら逃げられた! ひどい!


「ハウロン殿」

執事が呼びかける。


「何よ?」

「ここではっきり聞いてお倒れになるのと、じんわり侵しょ……、理解していかれるのとどちらがよろしいですか?」

穏やかに問いかける執事。


「ちょっと! 今、侵食って言いかけたわね!?」

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