第366話 温度差
ハウロンにキレられつつ、旅行の話。集合は明後日の暗いうちに出発、カーンの家に寄った後、涼しいうちにエスまで移動予定。なにせハウロンが転移できるのはカーンのいた神殿の近く。エスまでそこそこある。
「エスの街のほか、どこか行きたいところは?」
「ドラゴン近くで見たい!」
「却下」
間髪入れずに却下された。ひどい。
「自力で行け、自力で。竜の大型種なんかの巣に行ったらパクッと食われて終わりだ」
「そもそも竜の住まう場所はエスからも遠いし、転移もないわよ」
ディノッソとハウロン。
伝説の金ランク、伝説の魔法使い、伝説の――なんだ? 銀ランク? あれ? まさか暗殺……執事が揃ってるんだから頑張ろうよ!
「俺は街の中で満足かな。強いて言うならエス川の船に乗ってみたい。こっちの船と結構違うんだろう?」
「そうね、夕方なら舟遊びにいいんじゃないかしら」
レッツェの希望が通った。
「はい、はい! シナモン採取の現場!」
「どうしてそう無茶なところばかり行きたがるの」
「ジーン、シナモンの採取場所は噂はいくつかあるが、その実は秘匿されてる。調べるだけで数日かかるんじゃないのか?」
レッツェに諭される。
「むーん」
「海の魚も川の魚も料理が美味いらしいし、食い歩きはどうだ? 付き合うぞ」
機嫌を取られる俺。
「いっぱい食べるぞ?」
「腹、空かせておくよ」
レッツェと約束してとりあえず満足する。友達と旅行で食べ歩きだ、食べ歩き。
「簡単構造ねぇ」
「消化剤の用意もしておきましょう」
ハウロンと執事が言い合う。
そんなこんなで旅行当日。昨日は『家』に籠って、畑や果樹園の仕事をしたり、リシュとがっつり遊んだり、準備万端。黒い虫とか気になることはあるが、丸っと忘れて遊ぼう。どっちにしろ下水の調査結果待ちだし。
「おはよう」
「おはよう」
待ち合わせ場所はカヌムのレッツェたちの貸家。
ツアーガイドハウロンのいる場所なのだが、ディノッソ一家は俺の家を通り抜けた方が早いので、来るのを待って、一緒に来た。
「ディーン、久しぶり」
「おう、久しぶり! ギルドから金が出たら、借金返すわ」
「ありがとう? 無理しなかったか?」
「拘束長かったが、平気平気」
拳を突き出してきたので、俺も拳をつくって軽く当てる。
「ジーン、おはよう」
「おはよう、アッシュ」
アッシュとは軽いハグ。普通のハグができるようになったんですよ……っ!
「おはよう、僕も参加させてもらえるのは光栄だよ」
朝からキラキラしているクリスとも挨拶。
レッツェやカーンたちにも挨拶をして、ハウロンを囲む。カーンはハウロンの隣で、相変わらず膝を開いて王様座り。
「さて、さすがにこの人数で移動すると、しばらく大きな魔法は使えないわ。当然【転移】も二、三日はできないから忘れ物は取りに戻れないわよ?」
「おう、準備万端だ」
「なけりゃ現地で買やぁいい」
ディノッソとディーン。
最初は似ていると思っていた二人だが、ディノッソの方はけっこう入念な準備をする。戦い方は豪快で似ているというか、ディーンが物語のディノッソを真似ているのかもしれない。
「じゃあ行くわよ」
ハウロンの言葉とともに視界が変わり、肌に感じる気温が変わる。
「おお! すげぇ」
「凄いね! さすが伝説の大魔法使い殿!」
「うむ」
ハウロンの【転移】初体験な面々。子供たちも突然変わった風景と、出来事にきゃっきゃと盛り上がっている。
【転移】で出たのは、砂漠の真ん中。カーンの神殿どこだ?
「ん〜〜久しぶりの故郷だわ」
ベイリスが大きく伸びをして――実際大きくなった。
「ベイリス様」
元の姿に戻ったベイリスにハウロンが軽く頭を下げる。ベイリスはそんなハウロンに特別声をかけるでもなく、カーンの首に手を回してゆるく抱きつく。
「美人! でもなんかおっかねぇ……」
「気配も違うよ」
ディーンとクリスが言い合う。
「今は神殿が開く時期ではないけれど、私が道を開くわ」
そう言ってゆっくり手を横に振ると、砂が動き始める。
さらさらと足元の砂がすごい速さで動き、視界がどんどん下がってゆく。周囲にできる砂の壁、足が砂とは違うしっかりした感触を伝えてくる。
そうして目の前に現れたのは井戸。あれか、時期にならないとあのデカイワームみたいなやつ出ないのか。
「大魔導士殿の印はここか」
「ちょいちょいその呼び方入れてくるわね。ハウロンでいいわよ」
井戸に描かれた文様が、ハウロンに見せてもらった【転移】できる場所の模様と同じ。と言うことは、ここにご先祖が埋まってるのか。踏んでないよな?
「……」
カーンが無言で井戸の階段を降り始める。
枝も何もかもなくなり、崩れかけた神殿が砂に埋もれるだけだが、あの王の枝の部屋にいた神官たちを始め、過去にカーンに仕えた者たちのよすががある。
「ここの王の枝は、黒化してさえとても美しかったの。見せたかったし、もう一度見たかったわ」
ハウロンが小声で呟く。
「カーンに頼めば見せてくれるんじゃないのか?」
こう、にょきっと。
「ティルドナイ王が解放されたと言うことは、もう枝はないはず。王がどうやって命を永らえているのか不思議だけれど、王であることに誇りを持ち、国とそれを守る王の枝を愛してらしたわ。――王の枝のことにはあまり触れないで」
憂いを含んだ眼差しでカーンの背中を見つめるハウロン。
「まだ話してらっしゃらなかったんですか?」
「え、俺が話すことだったの?」
「やべぇ、温度差がひでぇ」
執事とレッツェがボソボソと。
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