第365話 袱紗の秘密

「そういえば虫、ダンゴムシと似たようなものだったら不味いんじゃないのか?」

魔物の虫といえばダンゴムシ。


「増えるタイプが憑いて魔物化したのではなく、人形の勇者によって消え掛けるほど小さくなった個々の黒精霊ですので、お互いに意思の疎通はございますまい」

駒を動かしながら執事が言う。


 今日のゲームはハウロンが持ち込んだ、将棋と囲碁を合わせたようなゲーム。盤面の四角のスペースをいくつ取れるかという場所取りなのだが、駒に王様があって、それを取られると問答無用で負け。正方形の一辺に一人ずつで四人でやるゲームだ。


 持ち込んだハウロンは、縫い目に夢中で不参加。執事とディノッソはやったことがあるってことで、ゲームをしていると言うか、レッツェと二人教えてもらっている。


「実際連携して襲って来たって話は上って来てねぇ。魔物化したばかりで虫の体、普通の虫よりゃ強いが一般人でも普通に倒せるからな。あんま騒ぎになってねぇのはそのせいだし、俺が人形の食い散らかしじゃねぇかと思ったのもそのせいだ」

ディノッソが執事の後を継ぐ。


「ただ魔物は黒精霊の負の感情がなくならない限り存在し続ける。普通の虫みてぇに勝手に死ぬってこたぁねぇから、年経て育つ前に駆除はする」

レッツェがゲームのルールブック片手に駒を動かす。


「豚もとりあえず処分されるだろう。大きさの対比的に、憑いたところで魔物化するまで時間がかかるだろうが、ほってはおけねぇだろうし。管理されてる豚はいいが、下水を逃げ回ってる豚は厄介だろうな」

これもレッツェ。


 まあ、魔物の肉も食うのだし、処分と言っても食卓に予定より早く上がるってことだろう。ただ、魔物の虫より野生化した豚の方が怖いこともある。なにせ野豚や同族のイノシシは人を襲って食うこともあるのだ。


 憑かれたのが人間や意思のあるものだと、その感情で黒精霊に影響を与え消し去ることもできるが、逆に負の感情で急激に魔物化することもある。だけど、意思のないモノは、小さな黒精霊に憑かれたとして、急激に魔物化することはない代わり、ゆっくりと魔物化することを止める術もほぼない。


「……ちっとギルドに進言しとくか。普段、下水の豚討伐を受けてる奴らだと、多分隅々まで見ねぇ」

ルールブックから顔を上げてため息をつくレッツェ。


「俺の方でも言っとく」

駒を進めてディノッソ。


「今日もワインが美味しいわ」

芽キャベツとベーコンのチーズ焼きを食べ、ワインを口にするハウロン。


 こっちの芽キャベツは少し苦味が強いが、焼くと甘みも強くチーズとベーコンの塩味によく合う。そしてワインにもよく合うようだ。


「俺はこのローストポークが。串じゃなくって皿でがっつり食いたい」

ディノッソが言う。


 ゲーム中に食うために、簡単につまめるようにしてあるのだが、がっつり食べた方が美味しいものもある。


「アタシたちはエスに観光よね? 出発はいつがいいの?」

袱紗ふくさの縫い目にナイフを当てながらハウロンが聞いてくる。

「俺はいつでも」

塔もひと段落したし。


「ディーン様たちは明後日以降でしたらいつでも、とのことです。アッシュ様も今継続的な依頼は受けておりませんので、いつでも出発できます」

「俺はディーンたちが帰ってくるのに合わせて調整済みだ」


「俺も明後日でいい。で、エスに着いたら別行動ね、たまには奥さんと子供に孝行しないと」

ディノッソが楽しそうに言う。


「アタシの転移で家族旅行するつもりね? って、きゃあ!」

ハウロンが袱紗の糸をぶつんと切ったところで、マグネシウムが燃えるような一瞬の火が上がる。


「うをう!」

ディノッソが叫んで身を引く。


「おいおい、危ないな。いや、燃え広がるような火じゃねぇのか」

「一瞬でございましたな」

レッツェと執事がハウロンの手の中の袱紗を見る。


「失敗……。引っ掛けだったの?」

「うん。実はそれ、一度糸で閉じたら何をやっても開けたら燃える」

ハウロンの手にあった袱紗は黒く変色し、ぽろぽろと崩れてゆく。


「って、あの火もフェイクね!?」

「うん。開けたら真っ黒になって崩れるのがメインで、火は趣味」

どうしてもぼふんとやりたかったんだけど、本当に火で燃えるようにすると危ないし、均一に燃やすのが難しくって断念した。


 なお、ルタが驚いて暴れると困るのでルタの馬服に燃える機能はつけていない。代わりにちょっとだけ、冷え冷え効果をつけた。バレないように外気よりほんの少し下げる程度、日陰と日向の差みたいな。怒られる案件な気がするので言わないけど。


「アナタ、この小さなしかも安定し辛い布に、いったいいくつ仕込んでるのよ! しかも努力と工夫の方向がおかしい!」


 ハウロンがキレた。

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