第364話 残滓
カヌムのカードゲーム部屋。集まった俺以外の四人の男、ワインとつまみ。
「こちら、本日の議題でございます」
執事によってカードをする丸い机に、
「ジーン様が作られた、持ち運び自由の小範囲の魔物避けでございます」
なんかオークションでも始まりそうだなおい。
一様に頭を抱える三人。ディノッソとレッツェ、そしてハウロン。いつもより人が多いので、レッツェは俺の斜め隣に予備の椅子を引っ張ってきて座っている。
「……ジーン、隠してるってことは、これが神殿の既得権益を揺るがすことも、国やら冒険者ギルド、商業ギルドにも目をつけられるモンってのは分かってるんだよな?」
ディノッソが聞いてくる。
「うん、一応」
なんとなく、ぼやっと。
「目をそらすのやめろ、不安になる」
ディノッソが半泣き。
だってルタがですね、アブを追い払うために尻尾や口が届く範囲なんて、たかが知れてるし。
「執事からもっと大きな布を抱えて、いそいそと出かけたって聞いた。その前にアッシュと遠駆け――色っぽい話題がでるところは想像できねぇが、下水の虫の話は当然出る。お前、これ絶対ルタのついでだろう?」
レッツェが言い当てて、ほっぺたの人権を蹂躙……っ!
「え。このバレたら危険を、目のとどかねぇところに置いてきちまったの!?」
ディノッソがこっちを見てびっくり顔。
「ルタって? 恋人?」
「……ジーン様の馬です」
ハウロンの問いに、微妙な声で答える執事。
「馬……馬に、この幾らするか分からないものを……。これ、なんで布なんて不安定なものに定着してるのかとか、ここまで小型で描ききれるのかとか、範囲が狭いとはいえ普通の魔石一つで発動するのかとか、ツッコミどころが満載なんだけれど」
ハウロンが机の上の布を手にとって言う。
「まあ、ジーンの大事なものはジーンが決めるこったし、ジーンのもんを本人がどう使おうといいんだけど。お前、バレたらルタが危険なんだからな?」
うっ!
「いいわよ、ちょっと精霊に警戒を頼んどいてあげる。アタシの精霊に、人の興味をそらすのが得意な子がいるから――代わりにこれ、開いて中を見ていいかしら? 自分で作るつもりは……いいえ、絶対試しに一つは作るけれど」
「いっそハウロンが広めてくれれば楽に」
大賢者だし!
「無理! こんなの作ったら周りがうるさくってしょうがないわ。おそらく作り方を教えたところで、神官程度じゃ作れないでしょうしね」
大賢者でも無理だった。
「中を見てもいいけど、糸を切る順番を間違えると燃えるから気をつけて」
「そこは慎重なのね。ホッとしたわ」
ハウロンには悪いが、「なおこの映像は自動的に消滅する」的なことをやってみたかっただけだ。でも、お陰でなんか全員がどこかホッとした顔をしている。
「糸の答えは聞かないわ、調べるのが楽しいもの」
ハウロン暇人説。
「今回の虫は手で払えばすぐ逃げるが、寝てるヤツや、動物に被害が出てる。早く虫が消えて、ルタに影響がなくなるといいな」
レッツェが言う。
「ま、ギルドも乗り出してるしな。ただ下水に入って調査ってなると、やりたがるやつがいない。金に困ってるようなやつ投入して、果たして解決できるのか微妙だな。1回目で事故ったら重い腰を上げる方向かな」
ディノッソがイワシのマリネを乗せたカナッペに手を出す。
「下水ですからな。汚物も厄介ですが、逃げ出した豚も凶暴ですし……。被害も微妙で、ギルドが大金を提示するほどでも、冒険者が引き受けて名誉になるほどでもございません」
執事が、ホタテの貝柱をバターでソテーして、塩胡椒したものに手をだす。
「そりゃ情報が遅い。魔の森でも氾濫寸前、城塞都市では迷宮の異変と、
レッツェが言って、エビしんじょとスナップエンドウの天ぷらに手をだす。
カナッペはともかく、貝柱も天ぷらも一口サイズにして楊枝を刺してある。カードをしながらが前提だし。
下水の話をしながら食う気になったのか。なお、ハウロンは布を手元で弄ぶのに夢中で参戦していない。縫い目を見たり、音を鳴らしてみたり。
「あ、これ美味いな。海老は半分すりつぶして半分残してんのか、最初に海老のプリッとしたのがきて、あとから青豆が甘い」
パラパラと塩を振り、口に運んだレッツェが言う。
気に入ったようでなにより、美味しいスナップエンドウって甘いよな。
「今回の虫は、黒い精霊っつっても、散ったやつっぽいんだよな。判断材料がないまま特定しちまうと、人形勇者が食い散らかした精霊のかろうじて残った残骸。それが下水に逃げ込んで、すぐ乗っ取れる小さい虫についた」
レッツェの感想に惹かれたのか、天ぷらに手を伸ばすディノッソ。
自分の分を口に放り込み、そして皿を執事に回す。
「もしそうならば、ギルドが心配するような大物は下水にいませんな」
受け取って自分の分を一旦皿に取り分け、天ぷらの皿を元に戻したあとに口に運ぶ執事。
なるほど、そういう予想だからディノッソたちも放置してるのか。
「美味いなこれ」
「美味しゅうございます」
なによりです。
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