第363話 虫除け

 遠駆けから戻り、急いで家に【転移】。そして急いでルタの虫除け馬服の作成。


 黒精霊が関わってそうなので、黒精霊避けを描いた生地を使う。城塞都市の神殿で見た魔法陣を、精霊図書館で調べて範囲を狭くした簡易版。森とか迷宮の休憩時間にどうかと思って。


 神殿の魔法陣は跳ね除けるとか、阻むとかではなくて、黒精霊が嫌う気配を出すものだった。なので、怒り狂って森から押し寄せてきたり、嫌いなモノを我慢できるような黒精霊には効かない。


 街を覆うような効果のものは、魔力か魔石かどっちを使うにしても消費が激しい。街の中にも黒精霊は生まれるから、境界だけに設置ってわけにもいかないし。


 なお、阻むタイプのものはさらに消費が激しくて、魔力を供給する人も財力も保たない模様。黒精霊がくることがわかっている時だけ、狭い範囲に一時的に使うようだ。


 そう言うわけで、カヌムの『精霊の枝』でも、祀ってある偽の枝の台座に描かれている。だいたい本物の枝がない街では、偽の枝に力を注ぐような構図で、台座の魔法陣に魔力を注いでるんだそうな。


 設置してあるけれど、すり抜ける黒精霊はいる。街の中に居心地のいい空間が出来てたりすると特に顕著。今回はどういう原因か知らないけれど、街の下水がそうらしい。


 よし、できた。


 普通のアブは払えないけれど、これで黒精霊関連の虫は払えるだろう。普通の虫も服の範囲は守られるだろうし、馬房の中は虫除けがあるし。とりあえずルタを中心に貸し馬屋の馬場が入るくらい。


 人間は知らん。黒精霊を作り出しているのはほぼ人間だし。あ、でもトイレ経由で下水から上がってきたら嫌だから、カヌムの自分の家にも置いておこう。アッシュたちもいるかな?


 まあ、あっても邪魔にはならないだろう。小さいし。


「ノート、これ、虫除け。尻を刺されないようにトイレに置いといて」

そう言うわけで勝手口をとんとんして、執事を呼び出し、ハンカチに鈴を一つつけたような黒精霊避けを渡す。


 刺されるのも嫌だが、カサカサくるのも嫌だ。もっともこっちではカサカサするのは外でよく見かけるのだが。


「虫除け……で、ございますか?」

「うん。貸家の方にも置いといてくれるか?」

来客がトイレを借りてもわからないように、魔法陣は内側にして縫い合わせてある。魔力供給の魔石は、端につけた鈴の中。鈴というかガムランボールだな。


「魔石が付いているようでございますが……」

すごく不審そうな執事。


「今、下水で虫が湧いてるんだろう? 普通の虫と匂いは上がってこなくしてるけど、今のは心配だから」 


 アッシュも執事も精霊憑きなので平気だろうけれど、念のため。虫サイズの黒精霊なら二人の精霊の方が大きい。明らかに勝てない精霊には近づいてこない。


 でも、下水に調査が入るとアッシュから聞いた。追われて逃げて来るとかあるかもしれない。


「ジーン様」

「うん?」

笑顔の執事に名前を呼ばれる。


「ディノッソ様とレッツェ様と夕方にお邪魔しても? できればハウロン殿も」

「いいぞ? ルタに馬服を届けたら急ぐ用事もないし」

夕方の予定が決まった。


 ディーンが帰ってきたのもアッシュから聞いたので、エス行きの話かな。いや、まて執事の笑顔がよそ行きだ!


「まさか説教!?」


 執事は微笑んでいる!


「何だ? これが原因か!?」


 執事は微笑んでいる!


「ただの情報共有でございます」


 執事は微笑んだまま会釈した!


 ……危険な気配がしたけれど、諦めて貸し馬屋へ。ちゃんと隠して作ったのに。


「ルタ! お前、また壊してきたのか?」

ルタが寄せてきた首を撫でる。


 視界に入る前に物音と、「ああっ!」という声が聞こえた、馬場の柵を壊して俺の元に来たのだろう。なお、本日二度目。預け料、また増額した方がいいだろうか……。


 お手入れ場所でブラッシングをさせてもらっていると、俺がいるとおとなしいからと、店員さんが装蹄師そうていしさんを呼んで来て、蹄の手入れを始めた。


 蹄を削ってバランスを整えたり、蹄鉄をつけて蹄の摩耗を抑えたり、そして馬の脚の健康を見る人だ。無茶をさせていたり、蹄のバランスが悪かったりすると、足に炎症を起こすことが多いらしい。ルタは健康のお墨付きをもらった。


 お手入れ後にルタに馬服を着せる俺。他の馬も貸し馬屋の馬服を着てるが、あまりいいものではない。ルタが目立って、他の奴らから買い取りたいとか言われると面倒なので、残念ながらルタに着せた馬服も似た感じに偽装してある。


 ――働ける馬は、人間より大事にされているような気はするけど。馬は人間より高いのだ。


「ありがとう。これは修理代――じゃない、預け賃とは別に。他の馬の馬服も新しくしてやってくれ」

とりあえず馬服と従業員さんの服の布代くらい。


 こっちでは年に一回、もしくは二回、雇い主から従業員へ服を贈る習慣がある。揃いのお仕着せだったり、普段着だったり、布のまま渡されたりと、店によって様々らしい。


 さて。夕食は何にしよう?


 そこはかとなく不穏な気配はするけど。レッツェはマメにギルドに顔をだしているので、下水の虫の話も聞けるだろう。


 俺も街で起きていることは知りたいけど、下水の話になる前に飯を済ます方向で行きたい。

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