第362話 精霊の事件簿
「島には小舟しか近づけませんし、侵入経路は限られますので大丈夫ですよ」
微笑むアウロに、とりあえずレディローザ排除は大丈夫ということで安堵する。
精霊による攻撃の心配が残るけれど、これはお爺さんの指導のもと、要所要所にしかるべき魔法陣が描かれている。俺も島や隣近所の精霊に声をかけておこう。
「パウロル様には警備や、いざという時の周辺都市への連絡や対応の方法などご指導頂いております。対外的な表のやりとりは、私では足りませんので」
アウロがお爺さんへの敬意か、軽く頭を下げながら説明してくれる。
お爺さんが有能……っ!
「商売人への根回しはソレイユ様がお得意ですし――」
今度は会釈ではなく下を向く。
「う、うっ。床でさえ芸術品……」
向いた先には床に突っ伏しているソレイユ。顔にはクッションが当てられているものの、うつ伏せになって床を愛でている。
ドレスの布が流れて、形のいい尻が浮かび上がっている。女性としてどうなの?
「ごほんっ」
キールがわざとらしい空咳をして、テーブルに掛けていたシーツを引き抜き、ソレイユに掛ける。
「器用だな!」
あれだ、隠し芸とかである布の上の物をそのままに、布だけ引き抜くあれだ。大方の物は、流しに運んでファラミアが洗ってくれているところだが、あんなでかい布でどうやるんだろう?
「ふん」
得意そうに鼻を鳴らすキール。
優秀なのかそうでないのかイマイチ謎。いや、優秀なのか、脳筋だけど。
そんなこんなでお開きにして、『家』へ【転移】。
駆け寄ってきたリシュに匂いをチェックされた後に、綱引きで遊ぶ。地の民に貰った綱は、望んだ通り丈夫で重宝している。
でも消耗品なのも確かなので、ストックがなくなる前に代替えになるようなものを探しておかないと。楽しいのか、リシュがかなり熱心に噛んだり引っ張ったりしているので、時間の問題な気がする。
リシュは遊ぶ時や、俺に寄りかかってくる時、大きさ相応の重さがある。普段は足音もしないし、その辺に浮かんでいる精霊と同じく、重さなどないようなんだけど。
でも子犬の重さなんで、俺が本気で引っ張ると浮いてしまう。引っ張りっことしては低い位置で横に引いたり、浮かない程度に加減して引いたりなのだが、リシュ的には浮いて回旋してしまうのも面白いらしい。
遊びの後はコーヒーを淹れて、精霊の名付け。普通の精霊の名付けは、メモ帳を置いておくだけでも勝手に署名してゆくようになったが、時々真面目に開く。口頭でどんどん名付けていっても、記入はメモ帳の精霊ノートがしてくれるので楽だ。
魔の森で黒精霊をとっ捕まえる運動も定期的に。これも人魂みたいな光に覆われたメモ帳が俺の後を追って来たり、精霊ノートの姿で追ってきたりで、やっぱり自動書記。走って名付けて、最後に何番まで付けたかメモしておいただけの時が懐かしい。
島の精霊たちは、精霊の枝の眷属に納まっているのでメモ帳の設置は不要だ。エクス棒を通してお願いすれば大丈夫。普通の王の枝は、誓った事柄以外を願うと、そのまま消失しかねないらしいけど。
『精霊の枝』に行かず、塔のほうに来る精霊たちは、青トカゲ君の配下に納まっているし――でも一応、メモ帳を設置するか。
翌日は早朝に畑仕事を終え、カヌム。
アッシュと遠乗り。柔らかそうな草が生え始める季節、ルタがご機嫌で走ってくれる。
いつもの目印の木に着くと、どちらからともなく笑いあって馬から降りる。そのまま馬の手入れ。最近、執事はついて来ず、「いってらっしゃいませ」と戸口で送り出すことが増えた。
アッシュと並んで各々の馬の汗を拭き、ブラシをかける。
「む……」
「ああ、先に虫除けを焚くか。ルタたちに優しい調合をしてきた」
今年はなぜか、夏に増えるはずのアブやブヨなんかが、この春の早い時期に増えている。俺とアッシュは、家を出る前に虫除けを塗ってきたが、馬達は無防備だ。
ルタが尻尾で、尻に群がるアブを払っているのを見ながら、蝋燭のような虫除けに火を灯す。蜜蝋で固めた成分が溶け出し、ふわっとなんとも言えない匂いが漂い始める。青臭いような、スーッとするような香り。
ちょっと匂いに癖はあるけど、キツイ匂いじゃないし五分も匂いの中にいれば気にならなくなる。
虫除けの馬服作ろうかな? 島はアブなどの刺す虫は少ないので、その点ではいいのだが、ルタには暑すぎるような気がして移動計画は進んでいない。
「本当に、なんでこんな早い時期から虻が出てるんだろう」
「今ノートやディノッソ達が調べている」
アッシュと並んでルタのブラッシングを再開。
アッシュは黙っていることの方が多いが、二人並んで同じことをしていたり、ご飯を食べたりするのは、ほんのり幸せだ。
「何か原因がありそうなのか?」
「うむ。どうやらカヌムの下水と森を移動する黒精霊がいるようだ」
あと、話しても内容が色っぽいことになることはほぼないけど。
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