第361話 中立の島

 足りない素材は『食料庫』の。塔で調理すると、精霊がウロウロしてくれるので味はするはずだが……。


「どうぞ」

島の気温は高いから、サラダうどんとかのほうがよかっただろうか? 


「ひい! 傷、傷がついたらどうするのよ!」

ことんと丼を置いたらソレイユから悲鳴が上がった。


「いや、ここに入っている家具は、剣で切りつけても傷がつくかどうか謎な家具だし、平気だぞ?」

丼を持ち上げてみせる俺。


「やめて。たとえそうでも、私の神経が持たない……っ!」

半泣きのソレイユ。


 仕方がないので新品のシーツをテーブルの上に敷いた。ランチョンマットを作るしかないのかこれ?


「我が君はそちらで食べるのですか?」

「ああ、俺にはこっちの方が扱いやすいんだ。楽な方で食っていいぞ」

フォークでうどんの太さと長さを扱うのは大変そうだけど。


 「蕎麦をフォークで食うようなもの」そう誰かに言われて、家でスパゲティを食う時に箸を使うのをやめた俺ですが、逆は練習がいる気がするので無理強いをするつもりはない。俺も未だに料理を切り分けた後に、ナイフとフォークを持ち替えたくなるもん。


 そう言った結果、アウロとソレイユは挑戦するようだ。


「魚介のスープかしら? 麺に合うわね」

ソレイユからそこそこの評価でホッとする。


「素晴らしい」

「どれもこれも味がする……っ!」

「……美味しいです」


 チェンジリングたちの感想は、味がするかしないかが先行するので、絶賛されても信じられないのである。


 四人とも一応、うどんをすすることができるけれど、啜り上げることはできず、ちょっとずつ口に入れては噛み切っている。スパゲティみたいに巻いて、一口でって訳にはいかないもんな。


 空気を一緒に口に含むことも苦手で、口の中のつゆの温度が下げられないため猫舌集団。俺以外のつゆは温めだったりする。ストローでお湯を飲むようなもんか。空気含んだ方が、出汁の香りとかも広がると思うんだけど、ちょっと残念。


 麺の上のサクサクする天ぷら。汁を吸ってふわっとじゅわっとするように衣をつけることもあるけど、こちらの人にはちょっとサクッとした方が好かれそうだったので。


 だがしかし、ソレイユとアウロのうどんと天ぷらが、しるを吸いまくっている。


「慣れるまで、フォークにしたらどうだ?」

のびて汁を吸ったうどんが好きな人もいるけど、二人は違うよな?


「トマト、美味しい……っ!」

声は小さいが、静かに衝撃を受けた! みたいな、背景に雷背負ってそうなファラミア。


 塩は塩鉱にいた精霊にもらったものだし、オリーブオイルは『家』の果樹園で収穫した実で作り、精霊の出入り自由な納屋の地下に保存しておいたものだ。胡椒も用意したいところ。


 自分の好きな味を見つけたらしいファラミア。いいことだが、畑の襲撃犯に混ざるフラグだろうか。


「冷たくて美味しいわ。この味ならトマトはすぐ広がるんじゃないかしら?」

あ。ソレイユの背中が伸びた。


 冷たいうどんの方がいいかと思ったが、この部屋が涼しいので温かいうどんで正解のようだ。そこまで冷やしているつもりはないんだけど、俺以外は涼しいのに慣れていない。


 みんなは温かいうどんを食べて、冷えたカプレーゼや冷奴を食うとちょうどいいらしい。


 食後のデザートでキールがアウロとここでやり合い、ソレイユが卒倒しかけたがなんとか落ち着いてお茶を飲んでいる。


「精霊灯は問い合わせが多いわ。精霊の枝のあるナルアディードと、マリナ本国は特に。ほかは、自分の家でも明かりがつくか不安のようだけれど」

「くっそ高いからな」

ソレイユの説明にキールが一言。


「十と数を区切っていますので、お互いの顔色を伺っているところもあるのでしょう」

アウロが言う。


 第一回魔法陣教室は、精霊灯用の魔法陣で決定している。才能がありそうな住人には、精霊灯の職人に就任してもらう方向。


 俺の塔や街のあちこちに設置した精霊灯は目を引くようで、問い合わせが山のようだったそうだ。十個つくってソレイユに渡し、値段をふっかけたら一部以外手を引いたようだ。


 ガラス職人は、吹きガラスを丸く均一に綺麗に作れる人を、ソレイユが一人確保した。


 魔法陣だけ俺が量産してもいいんだけど、広めたいので作れる人を増やすことにした。精霊灯はまさに物と精霊が共存する道具。自分の住処を整えるのが楽しくって、忘れてたが。


 物質に偏っても精霊に偏っても世界は危うい。確か俺には魔道具というか、精霊道具というかを作って精霊界と物質界の安定と発展とか、そんなぼんやりした目的もあったはずなのだ。


「ナルアディードは強気だな。いざとなったら強奪とかされないのか?」

今回も商業ギルドと海運ギルドが買い取りに名乗りを上げている。


「一番の武力集団よ。手を出すのにはかなり覚悟がいるんじゃないかしら?」

「うん? 中立で、武装もしてないんじゃないのか?」

灯台でそんなこと言ってたよな?


「ナルアディードで争わないだけね。陸で商売での嵌め合いは熾烈で、そっちも怖いけど。どっちのギルドの船も、外洋に出たら襲われても返り討ちにできるだけの装備と人員を持ってるのよ?」

ソレイユに苦笑いされた。


「外海では、わざと弱さを装って、襲わさせて返り討ち、というのをよくやるようですね」

アウロが続ける。


 まんま海賊なんですが、自分から行かないからセーフ? セーフなの? いや、外海でならどうでもいいのか、もしかして? ナルアディードと周辺の内海で、商売のためにお互いに大人しくしてるという中立なのか。


「怖い島だな、ナルアディード」

「この島の領主がそれを言うのか?」

思わず嘆息したら、キールに突っ込まれた。


「え?」

「え?」


 キールがびっくりしているんだが、本当にこの島どうなってるんですか?

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