第65話 ステマ中

 本日は商業国家として有名なナルアディードに来ている。森に日本家屋建てようかと一瞬考えたけれど、畳を作ったとしても手入れが大変そう。板の間でもいいけど書き物をするのでテーブルと椅子置くし。


 迷った末にこの世界で最先端なものがあると噂のこの国に来た。確かに窓が大きく、洗練された感じの家が多い。 


 丸いガラスがたくさん並んで窓を埋めてる。これはガラスを吹いてフラスコみたいに伸ばし、平面につけて平らになった底を繋いでいるからだそうだ。その嵌ったガラスの透明度は他で見たガラスより高い。


 カヌムや他の国で見かけるガラスは薄い緑色で気泡がたくさんあるのだ。日本で海辺の土産物で売ってるレトロなガラスの浮き玉の色といったらわかるだろうか? あと分厚い。


 下顎半島――正式名称はタリア半島――と隣のカヴィル半島の間の湾に浮かぶ小さな島だ。商人であればどこの国の者でも受け入れ、中立都市を宣言している。正しくは王や領主の実権がほとんどなく、大商人が利権争いしながら取り仕切ってる。


 武力による争いはないが大国がバックについてる商人同士の争い、なかなかエグいそうだ。


 カヌムでは見なかった色付きガラスのグラスや、大きな石のついた指輪、手触りのいい絹。船でどんどん商品が集まり、値をつけられてまた船で運び出されて行く。


 旅する遍歴商人も健在だが、都市に定住する商人が大多数。こっちに買い付けに来ることもあるが、支店や代理人を挟み手紙でやり取りをするため、商人の識字能力は必須に近い。


 他人を信頼できる制度がないのであれば、自ら現地に赴き自ら仕入れ、自ら売ったほうが安心だが、商業ギルドが整備されたため為替に信頼が置けるようになった。なお、国が発行する為替もあるが、国によっては博打な模様。


 『精霊の枝』はもちろんあるが、他に信仰されている精霊の神殿がある。金貨の精霊ハシムと海の精霊セイカイ。海運中心の商業国家らしい信仰だ。もちろんこの二人は神と呼ばれるほど強い存在。


 精緻な彫刻をほどこされた文書箱、鮮やかなドレス。まあ、ドレスはよくわからんというかフランス人形のように膨らんだアレより腰から太もものラインが出るマーメード推しです。


 何に使うかさっぱりだけど、フォルムがレトロでかっこいい何か。見ているだけでも楽しいが、俺は上質な羊毛と、羊毛の服地、染料、糸、絹、麻などを物色。


 ちゃんと商談にならないと本当にいい物は出してくれない店や、逆に見本だけいい店、ある程度の数でないと相手にしてくれない店が多数、なかなか気が抜けない。


 あと、透明度はないが赤いガラスに金の模様が描かれたグラスがかっこよかったので購入。ちょっとびっくりするくらい高かったけど。


 石畳を歩く。

 小さな山のような島に、ひしめくような建物。地面より石畳の面積のほうが多いのではないだろうか。


 昼は適当に入った店で、手長海老のスパゲティ。頼んでいないのに白ワインが付いてきた、水代わりかこれ? 


 テラス席はまだ少々寒いが港が一望できるらしく、人気の席だ。空いているか聞いてみたけど、予約でいっぱいだと言われてしまった。予約、イコール商談のために商人が押さえてる席で、日を変えても座るのは無理そうだ。


 手長エビは半分に開き、炭火で焼いてある。香ばしい香りが食欲を引き立て、エビ自体も甘い。うん、これも今度真似しよう。


 周囲を見るとなにかカップにビスケットみたいなのを浸して食べている。あれか、コーヒーに浸すあの固いビスコッティか。コーヒーあるのか! ……と思って頼んでみたんだが、カップの中身が甘い酒だった。


 食事後は、どんな医療レベルなのかを知るために、薬の類も見て回る。うん、カカオ発見。すりつぶして、さまざまなスパイスや香料を投入して飲む、不老長寿のお薬だそうです。


「砂糖入れなきゃものすごく苦いと思うのだが……。良薬口に苦し?」

「一部の貴族階級では砂糖とミルク、バニラを入れて飲むのが密かな楽しみらしいですよ。おかげでさらに値が上がりそうです」

店主が愛想よく言う、値上がるから今のうちに買っておけってことか。


 一粒一グラム程度が二モンくらい。銀貨一枚だしても七十五粒、その辺の水夫さんの日当が銅貨一枚。しかもここナルアディードだからこの値段で、ここから離れれば離れるほど高くなる。


 生産地に行って買ってくるべきだろうか。でも【鑑定】結果的に、発酵させて乾燥させてと手間かかってるっぽい。よし、買ってこう。


 そういうわけでお買い上げ。バニラビーンズやイエローマスタード、ブラウンマスタード、ターメリックもついでに。食料庫にあるのもあるけど、こっちとの味の違いを知っておくのもいいだろう。


「そこの方、そこの黒髪の」

「……」

振り返ると、上品そうな紳士がいた。


「おお、これは美しい」

「……なんだ?」

みぞおちに拳を埋める案件か? 商談案件か?


「いや、失礼。そちらの鞄はどちらでお求めかお教え願いますか?」

「ああ。これはアジールの冒険者ギルドが最近商品登録した鞄だ。便利だぞ」

「そうですか、アジールは少々遠いですな」

距離的には近いのだが、山が超えられない。山脈の中には夏でも雪が残っているような高い山がいくつも存在する。


「鞄そのものより、仕様書を取り寄せてこちらで作ったほうが早いんじゃないのか?」

「なるほど、そうですな」


 というやり取りを実はすでに十件ほどこなしている。このうちアジールまで行く根性と財力がありそうなのは一人二人かな? 


 ついでに商人が来てくれれば、きっとトイレも広まるはず……。この島の調度品や建築を見るためにわざわざ宿とったのだが、トイレは壺だった。


 早く広まれ!












 

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