第66話 お買い上げ

 この商業都市に来たのには目的がある。けっしてステルスマーケティングのためだけに来たわけではない。


 精霊を捕まえる方法を記した書物を探しに来たのだ。執事とアッシュに聞いたのだが、まあその手の本は基本は門外不出。もし出物があって、手に入るとしたらナルアディードここだろうと。


 精霊と契約する者は少ない。契約時に持っていかれる魔力が多いため、一時的な使役に留まるのだそうだ。魔力が尽きた時に契約完了していなかった場合、縛りつけようとされて怒った精霊に殺される。


 一時的な使役、いわゆる魔術や呪術は魔力が多少けずられるが失敗するだけだ。タチの悪い精霊を呼び出した場合は使用者にダメージが返る場合もあるそうだが、とりあえず術者の安全が確保される。


 ただ、自然と好かれて精霊がそばにいる者の恩恵を見てわかる通り、精霊契約の恩恵も大きいのでチャレンジする人は一定数いる。一時的な効果が、ほぼ常時になるものもあるし。


 精霊の書と呼ばれるそれは、出自がはっきりして効果もはっきりしてるようなやつは、金持ち貴族にそっと商談を持ちかけたり競売だったり。なので、少々怪しい何でも屋とか骨董屋を探す。


 おかげで昨日よりも大量のスリとチンピラが釣れた。しかもつい物珍しくてガラクタを買ってしまう。これは羅針盤だろうか? 古着、ナイフや燭台、数の揃っていない食器やタイル、使い道が謎な道具の数々。


「お兄さんは何を探してるんだい?」

「精霊について書かれた本だ」

隠すことでもないので正直に言う。これで教えてもらえれば目っけ物だ。


「本屋にいったらどうだい?」

「いや、掘り出し物探し」

正規に売られてないからこの辺をうろついてるのだ。


「ここらじゃ滅多にみかけないねぇ。本は貴族が飾っとくだけのためにも買ってくからね、中身がわからないやつはきちんとしてない・・・・・・・・本屋があつかってるよ。最近は商人も見栄で書斎を持つようになったみたいだねぇ」


 本は本屋だった。


 雑貨屋のおばさんからロウソクを二本買い、多めに料金を払って「きちんとしてない本屋」を二軒ばかり聞きだした。


「飾っておく本はありますか?」

「はい、ございますよ。中身ありとなし、どちらがよろしいですか?」

「中身ありでお願いします」


 なしは物入れになっている、木箱に本の背表紙やらをくっつけたものだ。本気で飾っておくだけの本だな、いや小箱として使えるのか。


「こちらは白紙、こちらは精霊のいたずらで読めなくなった写本でございます」

「白紙の方が高いんですね」

「こちらは手順を知る方が書き込めば、本になりますから」


 精霊が見えるようにすると、本に戯れている精霊が一匹。現在進行形で文字の書き換えが行われてるんだろうか? そう思ってその本に手を伸ばし開く。


 読めます。


「ああ、そちらは独自の文字で書かれた本です、書いた本人にしか読めない。時々いるんですよね、どうしても自分だけの秘密にしたい方が。特に魔術や呪術をされる方は」

肩をすくめてみせる店員。


 俺は【言語】のおかげで、独自の文字であろうが、単語であろうが読めてしまう。もともとある文字や言葉のアナグラムや読み替えは逆に辛いけど。


 独自の文字も頑張れば、ホームズの「踊る人形」のように解読できるような気もするけど。いや、暗号を作った人の普段使ってる言語がわからないとダメか。使用頻度の多い単語や文字がわからない。


 って、これもう一冊あるはずだな。魔法陣などの図が描かれてるものが別にあって、その図をこっちに書かれてる番号で組み合わせろって書いてある。


「この本と背表紙が一緒のものはないですか?」

「ありますが、意味がわからなくても絵や図形が入ったものは高いんですよ」

「ぜひ」

どうやら当たりのようだ。


 精霊がまとわりついているのも悪戯をしているわけではなく、これが原本だからだろう。


「あと歴史や薬草、精霊のことについて書かれている本があればいただきたい」

討伐用に薬を多く収めたために、いつもより懐は暖かい。


 ――それでも本は高くて、赤いグラスを買ったことを少々後悔したわけだが。


 この大陸の歴史は精霊からちまちま聞いているのだが、精霊の話は抽象的すぎてよくわからんこともある。あと人間は歴史を捏造し、長い年月の間にそれを真実にすることがある。特に後ろめたいことをして勝った征服者はその傾向だ。


 アッシュと執事の話を聞いててちょっとずれがあったので、認識のすり合わせ用。


 金もなくなったことだし、これ以上欲しいものが出て来ても困るので家に帰る。暖炉の側で早速手に入れた本を読む。


 最初に書いてあるのは精霊契約のリスクと利点。リスクは属性の相性と魔力の多さで大体クリアできる。利点は契約した精霊によって様々だけれど、共通するのは呼べば来ること。


 通常、魔術や呪術は周囲にいる精霊の力を借りる、いつも相性がいい精霊が側にいるとは限らないので効率が悪いことがあるのだそうだ。でも契約精霊は大抵の場所に呼びだせるため、その問題が解決する。


 なんか精霊ってその辺にいっぱいいて、火の精霊も水の精霊もどこにでもいるし、どこの精霊でも変わりはないと以前は思っていた。名前をつけて手伝ってもらってる同じ属性の精霊を見て、それは間違いだと理解した。


 同じ光の属性を持っててもミシュトとハラルファは随分違うし、姉にくっついてる玉は論外だ。


 まあ精霊も自分の住処となる土地を荒らす、よそ者の頼みはあまり聞きたかないな。


 そして買い忘れ発覚。これ、魔法陣書くのにコンパスと三角定規がないとだめなやつだ!











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