第64話 カレー
さて、これでユキヒョウの望みは叶えたので聖域をつくってもらえるはず。だが場所の選定がまだだ。
「どこか風景がきれいで、精霊が近づきやすいお勧めの場所はあるか?」
「……っつ」
「鹿に乗れ」
ここまでの道中を思い出すと馬に乗りたいところだが、残念ながら馬は手負い。
「人間がカヌレに乗るとは。果報者よ」
「……」
馬が言うカヌレは鹿の名前か? 俺は乗り心地を求めたい。
諦めて鹿にまたがる。
そして前触れのない重力加速度がまた内臓に。今回は最初から前傾姿勢で角を掴んでるので、振り落とされる心配はないけど。
「……っつ」
「ここはどうだ?」
そしてやっぱりピタッと止まる。
「すまん、俺には荒涼としすぎているようだ」
断崖絶壁はやめてください。
「大きな木と下草があって、できれば泉かなんかがあると嬉しい」
快適な場所や美醜は種族によって異なるのを実感したので、意思の疎通をはかるため、具体的に希望を口にする。
「……っつ」
「それが人間の好みか」
話が早くて助かります。そして視界に頑張って駆ける馬が入ってきたと思ったら、再びの加速。馬、頑張って追いついたのに。
「……っつ」
「ここでどうだ」
ごふっとくるのに耐えつつ、周囲を見ると希望通り大きな木と泉があって、周囲はコケが生えて湿っているが、ここだけぽっかりと他の木が途切れて地面に日がさしている。黄緑色の柔らかそうな草がひだまりを強調してちょっと神秘的な、ファンタジー風景だ。
地図を確認、場所的にもいい。
「ありがとう。俺の希望よりいい場所だ」
「……っつ」
「では結界を張る」
「あ、馬はいいのか?」
「……っつ」
「大事ない、魔物だろうとそなたの契約相手ならば」
ユキヒョウから低い喉を鳴らすような音が漏れると、呼応するかのように鹿の鈴が鳴り響く。ユキヒョウの体毛の白がそのまま光となって淡く広がってゆき、結界が成った。
そして到着する馬。
「お疲れ様」
思わず声をかける俺。この鹿にこの時間差ならすごいよ、頑張ってる。
「……っつ」
「ではな、世話になった」
「こちらこそありがとう」
「……っ!!」
音もなく走り去るユキヒョウと鹿に馬が頑張ってついてゆく。なんか苦労性っぽいぞあの馬、大丈夫か?
――でもまあ、大丈夫だろう。ユキヒョウが馬を友と呼んでいたことを思い出して心配をやめる。
地図を見直す。先ほど確認した地図は、表示が消えていたエリアに新しく森と崖が出ていた。神々の力が及ばない場所でも、俺が行った地点なら追加されるということかな?
いや、それにしては通った場所だけでなくもっと広範囲が浮かび出ている。もしかして契約した馬分? 馬の行動範囲というかテリトリーなのかな?
これは地図を完成させるしかない。きっと日本の植生と似た場所もあるはず……っ! 物作りの他にも楽しみができた。
さて、ここをどうしようかな。雨を避ける屋根と風を避ける壁、茶を飲めるテーブルくらいは欲しい。解体は結界の外、泉の水の流れる先ですれば、いらん物は魔物が処理してくれるだろう。
作るものを考えるのはとても楽しい。
しばらく与えられた場所であれこれ思考を巡らせ、にまにましていたらあっという間に夕方。
借家経由で家に戻り、駆け寄ってきたリシュをなでる。今日こそカレーだ!
玉ねぎ、人参、じゃがいも、豚バラ肉。ごく普通の家庭のカレー、ただし豚バラ肉はごろりとブロックで。サラダは豆苗と豆腐でゴマドレッシング。らっきょう、炭酸水。
炊きたてのご飯にカレーをたっぷりかけて準備完了、いただきます。
ん〜。バラ肉も食べ応えあるし、美味しい。やっぱり日本的食生活できるようにしておいて心底良かった。
コンクリートもアスファルトも視界に入らない世界、美味しい食事。リシュのおかげで健康的な生活、一日が終わって浸かる風呂、寝心地のいい清潔なベッド。
クラスメイトの中にはネットがないと生きていけないと言ってたやつもいるけど、俺にはこの生活があっているようだ。もともとネットは姿をくらますために必要なことを調べるだけで手いっぱいというか、制限いっぱいだったし。本当になんであんなに色々制限されなくてはいけなかったのか。
束縛のない暮らし万歳! おかわりしてさらにデザートもいってしまおう。
上機嫌でカレーをもう一皿堪能。お次のデザートはヨーグルト味のジェラートとガトーショコラ。
まずばジェラート、ヨーグルトの優しい酸味が口中のカレーの脂をさっぱり拭い去る。ガトーショコラは濃厚、とろんとしてゆっくりと口の中で粘りながらとろけてゆく。
自分の好みの家具、自分好みの快適な温度。明日もやりたいことができる。足元にはリシュもいるし、幸せだ。
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