第265話 イスカルさんちのネフェルさん

「全員が指を痛めている。手当てを」

「指、ですか?」

アッシュが眼鏡に手当てを促す。


「魔銀を素手で掘ろうとしていたのだよ!」

「……そういえば、魔銀が出るのはこの層からでしたね」

クリスの言葉に納得して治療を始める眼鏡。


「我が精霊たるネフェルよ、この者を回復せよ」

白蛇くんはネフェルか。


 背中から腕を伝い、眼鏡が指し示す先、ちょっとモザイクをかけてほしい冒険者の指に向かう白蛇ネフェル。


 途中止まって、眼鏡の手首をがぶっ。こんなところかな? みたいな顔して、口を離し、今度は怪我人の指をがぶっ。

 

 噛んでる。白蛇が噛んでるんですが、それで治るの? それが回復なの?


「どうなってるんだ?」

「呪文とともに、精霊がイスカル殿の腕を伝い患部を包んだ。指を包む前に少し精霊の光が止まったが、魔力の補充だろうな。どうやら回復の魔法は、契約精霊とのものらしい」

レッツェにディノッソが起きていることの説明をする。


 ソウネ、自分の契約精霊はともかく、精霊の姿は光の玉に見えてるんだったね。がぶがぶしてるのを知っているのは眼鏡だけか。


 執事はアズの姿が青い小鳥だと認識できるようになったそうで、精霊が認めると契約者以外にも姿が見える。見える能力が絶望的にない人もいるようだが。ちなみにアッシュは精霊の色と、形はなんとなくわかるそうだ。


 見られるのを嫌がる精霊もいるし、本当に見え方は色々だが、淡い光の玉に見えることが多いそうだ。


 次々に回復してゆくネフェル、その度に美味そうに眼鏡の魔力をすする。――目があった。


 おい、目が合った瞬間、やべって顔して眼鏡から口を離してそそくさと治しにかかるのやめろ。どう考えても多めに魔力食ってたろ!


「すげぇな。回復は何度か見たっことあっけど、時間がたった傷って難しいんだろ?」

ディーンが感心して言う。


「傷の上に傷をつけ、新しいものになっていましたから。回復は制御が難しいのですが、後半は上手くいったようです」

そう答える眼鏡。


 制御っていうか、躾っていうか。そっと眼鏡の頭の影から「バレてる?」みたいな顔して覗いてる蛇がですね……。俺に関係ないし、眼鏡を好きなだけがぶがぶおし。


 って、今噛むの!? 


 やったー!って感じで、眼鏡の首筋を大口を開けてがぶっと。


「下弦の……副ギルド長殿!?」

ふらついた眼鏡を支えるクリス。眼鏡に下弦の月の君とか形容詞つけたのか? 


 結局、精霊が見える相手を名前で呼ばず何かに置き換えていることを、クリスに話した。本人は完全無意識だったので、驚いてたけど。


「……すみません。後半は上手くできたと思ったのですが、魔力不足のようです」

いや、回復関係ないそれ。


 って、精霊って俺が考えてることをある程度読むんだったなそういえば。がぶがぶやめてあげなさい、倒れそうだから。


 終わりか〜みたいな感じで、眼鏡の髪の中に引っ込んでゆくネフェル。そこが寝床か。


 本当にどういう契約しつけしてるんだ? ただ憑いてるだけ? ひとの顔色見ながら、魔力吸っちゃうのはまずくない? ネフェルのこと見えてるんだよな、飼い主?


 眼鏡を荷物にもたれさせ、遅い昼。上に伝令に行った冒険者の薪や水などの荷物を自由に使っていいとのことで、ちょっと嬉しい。後から鉄籠で追加が来るそうだ。


 俺たちは炭を用意したけど、上に戻った冒険者たちは重い薪を運んできたようだ。


 流石に焚き火台を出すわけにはいかない。好きに使っていいというので、平行に並べて火床を作る。火口ほくちを濡らさないこと、火によって濡れた地面から水蒸気が上がり、火が消えるのを防ぐこと。


 レッツェが布を炭化させた燃えやすい火口を出してくれる。細い枝を上に置いたところで、今度はクリスがランタンから麻縄に移した火で点火。あとは薪を徐々に大きくしてゆけば大丈夫。


 ディノッソとディーンは遠慮なく冒険者の荷物を漁って、水と干し肉を出してきた。カーンは薪を火床のそばに積む。


 執事が湯を沸かし始め、クリスとアッシュは眼鏡に分厚いマントを掛けたり、体勢を楽にさせたり。――その冒険者が置いていったマント、虫がいそうなんですが、大丈夫ですか? 顔まで掛けてるけど、顔中刺されない?


 昼飯は眼鏡を気にしつつ簡単に。ああ、マントは見えないように視界を塞いだのか。これなら多少粗相しても、気づかれる前に誰か止めてくれる。


 温かいシチューを作りたいところだけど、ジャガイモを封じられている! 固形ルーもどうだろう? コンソメパウダーがギリギリっぽいかな。


 お湯にコンソメパウダーを入れて、乾燥キノコと玉ねぎを放り込む。そこにちょっと怪しい冒険者印の干し肉を刻んで入れる。


 レッツェがもう焼いていぶしてある鱒を温め、執事が日保ちのする硬いパンを取り出す。


 鱒は手で背をちぎると、繊維状にほぐれて結構食べやすくて美味しい。スープは執事ジャッジを経て、鱒とともに眼鏡の元に届けられた。


「これは美味しい……。温かいのも嬉しいですし、優しい味だ」

この眼鏡、面倒がって焚き火を熾してなかったようだ。


 ライトの魔法もあるし、自分で描いた魔法陣の中にいれば眠っても安心、だから湿ったところで苦労して火を点ける必要がなかったらしい。いや、魔法陣を描いて力尽きたのかな?


 水がある贅沢、執事が入れてくれた食後のお茶を飲む。

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