第264話 逞しい人々

 普通に寿命がある状態で勇者召喚されて世界を救えって言われたら自分たちでなんとかしろと断るな。だが、姉たちは寿命をもらっているので、この世界のために馬車馬のように働かせてほしいところ。


 などと気を紛らわしているんだが、ちょっと担がれてるやつらの指先が怖くて見られない。想像するだけで痛い……っ! 迷宮の岩壁にホラーな跡がですね? どう考えても指は大変なことになってますよね?


 大丈夫、眼鏡が回復してくれるはず。いっそもう俺が【治癒】したいくらいなんだが、頑張って自重中。俺だけでなく、今までの行動を無駄にしてしまうのは嫌だし。


 そして二人抱えても、まったく足元が揺らがず速度も変わらない面々。やっぱり精霊の影響って強いな、カーンとディーンは体型的にも納得だけど。それにレッツェもすごくないか? 精霊なしだよね? 


 こっちの人ってこれが普通だろうか。そういえば昔の日本人は米俵の60キロ担ぎ上げてたんだよな。


「この人たちって地上に鉄籠で上げるんだよな?」

なんかすごく大変そうだが。


「そうだな。ギルドとしては先ず、物資の調達をしてそれを鉄籠で降ろすとこからかな――食い物と薪もだが、精霊避けの馬鹿高い軟膏とか、さらに下に降ろすための鎖とかな?」

だからレッツェは俺の心を読むのをやめろ。完全に食料と薪しか思い浮かばなかった。


「さらに下?」

「鉄籠降ろすにゃ、重さを軽減させたり支えたりする精霊憑きを雇う。冒険者つうより、普段は荷下ろし荷運びで働いてるやつらが多いな。その人足の護衛に冒険者をやとったり、結構準備にかかる。ギルドとしちゃ、せっかく魔物が少ないんだ、今のうちに金がかかっても下の層の崖の入り口を見つけて、足場置いときたいだろ」

「一般的に下の層のほうが魔物が強く、素材も高く売れますので、今持ち出しが多くてもすぐに回収できるでしょう。大金を支払い、神官を呼ぶ場合もあります」

レッツェの説明をノートが補足する。二人とも同じ予想らしい。


「あー、確かに。こんなチャンスは滅多にねぇだろうし、魔物が少ないうちに大規模捜索すっかもな」

「一に下層への新たなショートカット、二に拠点の選定と地図作成、三に鉱脈の捜索ってところだね! 新たなショートカットが見つかったあとは、冒険者ひとも増えてお祭りになるんじゃないかな」

ディーンとクリスも同じ。


 逞しいというか、合理的というか。冒険者は多少危険でも、チャンスがあれば乗る。我先に金になる情報や、素材を求めて突っ込んでいくんだろうなあ。


 黒精霊に憑かれてるだろう面々も、勇者の後なら大きな魔物は倒された後だろうと皮算用したパーティーが間をおかずに深い層に来たくさいし。


 レッツェは、魔物素材以外だったら採掘採取系のポイントが目的地だろうってことで、元々あたりをつけて痕跡を探してたんだって。確かに探すべきところがわかってないとランタンの明かりで見つけるの大変だよな。


 ズンズン歩いて、眼鏡の元へ。


「もう見つけたのですか? すみません、こちらへ」

ちょっとびっくりしたような眼鏡の誘導についてゆくと、床に描かれた魔法陣がランタンの光に映る。


 粉? 俺の知らない魔法陣用のインクがあるというか、地面に直接書く用のインクとペンがあるのかな? グラウンドのライン引きだったら笑う。インクは踏んでも石灰みたいに広がったりせず、粉っぽいのに地面にしみているようだ。


「この魔法陣は通常、黒い精霊と戦う時に身動きを封じるために使うものです。迷宮に入る前に、物資の準備や神殿への根回しは秘密裏に進めておりましたし、鉄籠もすぐ届くと思います」

人足揃えて、人足のご飯揃えて、物を揃えてって時間かかるのかと思ったら根回し済みだった。


「勇者が早く移動してくだされば、おおっぴらに動けるのですが」

「いっそ勇者に救出依頼しちめぇよ」

ディーンが肩から下ろした冒険者をちょっとぞんざいに横たえながら言う。


「それで風の精霊まで使い潰されては、最悪何年も迷宮に入れなくなります」

眼鏡が困ったように言う。


 さては酸素がなくて呼吸困難ですね? わかります。風の精霊は好奇心旺盛で力を率先して貸してくれたりするけど、逃げ足も速い。同族が使い潰されたのを見た途端、逃げ出す。精霊はいる場所にこだわりがあったり、動けなかったりもあるけど、風の精霊にはそれはない。


「それに正直、あの勇者には近づきたくありません。シュルムの動きも気になるのは本当ですが、あの勇者は相対していると空虚なものに飲み込まれるような――とにかく気持ちが悪い」


 え、ちょっと! 俺なんですけど? 偽勇者、印象の評判酷くない?


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