第263話 芝居掛かった男
「さて、腹も満たしたし真面目に行くか。ノート、地図くれ」
「どうぞ」
ディノッソに地図を差し出すノート。
「レッツェが引きずった後を見つけたのはこことここ。こっからこの方向に向かってるな。黒精霊に憑かれても、容れ物の目的に引っ張られて行動することが多い。俺ん時は精霊苔と穴狼だったが、今の二十層は金になるのは何だ?」
「精霊苔は今じゃ二十四層以降にしかねぇ。穴狼は変わってないが、いないな。荷物にハンマーあったろ、魔銀が少し採れる所が何箇所かある。跡からいうとここか」
レッツェが答えて地図の一点を指す。
「おう、じゃあそこ目指そうか」
そういうことになった。
カンテラを持って、暗い中を進む。今回は地面や壁面に目を向けることなく、早足で。
しばらくすると、ディノッソが片手を広げて止まれのポーズ、人差し指を口の前に持ってくる。レッツェがカンテラの火を消す。
そっと進むと、声が聞こえてくる。
「いやあ、なかなか出ないね」
「銀の出る層に当たればザクザクよ」
「城塞都市で魔銀を扱える鍛冶屋でいい所、教えてくれ」
「おうよ、任せとけ」
どちらかというとご機嫌に明るい声音で会話をしている冒険者たち。でも壁を崩すノミや金槌、ツルハシなんかの音はしない。その前に真っ暗なのにどこを掘ってるかわかるのか?
会話の合間に小さな音が響く。あ、やばい。――この人たち素手で石壁を掻いている。
「1、2、3……9人全員いるな」
小声でディーンが言う。
怖いんですけど。俺のほかは全員平気なのか? マジで? 泣かないけど、そわそわと挙動不審になるぞ、俺。
「失敗するかもしれないけど、ちょっと私に任せてくれるかい?」
何か思いついたらしい、クリスが言う。
「おう。だが、戦闘になった時のために半分の取り憑かれている位置だけ伝えとく。全部向かって見た位置な。右の女は右肩、一緒にいる男は左肩。魔法使いは肩甲骨の真ん中、緑の髪のやつは右脇腹」
ディノッソが言う。
「暗くて見分けが女とでかいのしかつかねぇ。魔法使いは戦い方でわかるかな」
ディーンがぼやく。
「ああ、精霊が見えないと、シルエットも見えねぇか」
俺以外の野良精霊の見え方は淡い光の玉に見えるのが大半だそうで……。黒い精霊も黒く淡くもやもや光ってるんだそうだ。で、人のシルエットが精霊に近いとこだけ浮かんでる、らしい。
「大丈夫、カンテラを貸してくれるかい?」
「ああ」
クリスもカンテラは持っているが、荷物にくっつけてるので、レッツェが使っていたのを借りて火を入れる。
「やあやあ、こんにちは!」
いきなりクリスが9人に話しかける。
「……」
会話が止まって嫌な気配が漂う。物理的には全く負ける気はしないけど、雰囲気に負けてる俺がいる。斬っちゃっちゃダメですか?
クリスが襲われたらどうしよう? 自分で引き受けた方が絶対心穏やか。
「魔銀は掘れたかい? お望みなら僕と仲間が、魔銀がたくさん掘れるおまじないをかけてあげるよ!」
クリスが魔銀という言葉を出したら、ザラザラとした気配が引いた。
「……魔銀、たくさん掘れるのかい?」
「もちろんだとも!」
それでもやっぱり異様だけど。
「では並んでくれるかな、名前を教えて欲しい。名前によって、おまじないをかける場所が違うんだよ!」
にこやかに告げるクリス。
「レディファーストで君から」
「ジャスミンよ」
「おおジャスミン、君は右肩だね!」
黒精霊が顔っぽい場所を歪めたが、まだ人の意識というか欲望のほうが強いらしい。
そして人としても欲望優先で、この状況がおかしいと思わないらしい。
「あ、おまじないは全員に一気にかけるからね!」
名前を聞くのは建前で、クリスとディノッソと二人で精霊が見えやすい――斬りやすいように向きを変えさせる。
10組31人。残り7組、22人。
8対9だから、あっという間に済んだ。そして転がる気を失った9人。これ運ぶんですか?
カーンが肩に2人、アッシュとディーンも2人、レッツェ、ノート、クリスが1人。俺はカンテラで足元を照らし、ディノッソはいざという時のために手ぶら。
「やっぱり俺も運ぼうか?」
「お前は魔法使いだろうが、大人しくしとけ」
レッツェに申し出たら断られた。
「何に警戒をしている?」
カーンが聞く。
「城塞都市の副ギルド長、というより冒険者ギルドは為政者よりなのよ。勇者と同等の力があると知れたら、対勇者の駒としてこいつの囲い込みが始まるのが目に見えてる」
ディノッソが手をひらひらとさせながら答える。
人を助けて助けっぱなしにできればいいけど、うまくやらないとおまけもたくさんついてくる。ローザ一味だけでも面倒なのに、国やらギルドやらの組織が絡んできたら身動きが取れなくなる。
逃げられるけど、「人助け」を全面に出されるとか、人質を取られるとか。その場合狙われるのって一番弱いところ、ティナとバクとエン。
「ジーン様とは他人のフリをさせていただきましたが、私共の方から調べれば一人足りないのはすぐわかるかと」
ああ、8人で来たのに一人欠けた迷宮探索だもんな。
もし俺に目をつけて探す場合、俺の手がかりがない以上、迷宮内で一緒に行動していたディノッソたちを調べるのはありえることだと、執事の言葉で思い至る。
カヌムから【転移】も使わず足跡残しまくりで来ているので、なんとなく自重してたけど、もうちょっと気を引き締めよう。
「俺が宿の予約なんかとっちまったからな。自分の名前しか言ってねぇけど、門で冒険者タグ見せてるし、その気になりゃすぐに繋がっちまう」
レッツェが嫌そうに言う。
執事は冒険者タグ俺が知ってるだけで3つ持ってて、使い分けてるっぽいけど普通はそんな人いないからな。などと自分のことを棚に上げる。ソレイユ元気かな? 『精霊の枝』には気づいたかな?
「予見は無理だ」
「俺も一人で入るのなんかやだぞ?」
アッシュの言葉に会話に思考を戻して、レッツェに言う。
「こいつ、目の前で人が死ぬのは無理らしいからな。気を抜くと死なせないためにやり過ぎる。そりゃそれでいいけど、それで目をつけられて利用されるようになったら、ある一線を超えたら爆発して城塞都市を更地にする未来しか見えねぇのよ」
あ、ディノッソひどい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます