第577話 白い石たち

「おい、荷物はどうした?」

猫船長がしっぽをぴったんしながら船員に聞く。


「あ……。すんません!」

「す、すぐに!」

慌てて小舟を出そうとする船員二人。


「待て、……しょうがねぇな。すまねぇが、予定より時間が押す」

そう言ってソレイユを見る猫船長。


 そういえば資材運んできたんだったっけ?


「いいわ。全体から言ったらここの整備はものすごく、ものすごく進んでいるわけだし」

ソレイユが変わっていく風景から目を離さないまま答える。


「船にもどりましょうか。ここも精霊の影響を受け始めたわ」

そう言いながらハウロンが奥から戻ってくる。


 工事現場は危ないからね。


「あー。あっちの通路? は終わったのか。荷下ろしの場所の詳しい指定はなかったが、そこでもいいか?」

「ええ。かまわないわ」

猫船長とソレイユがやりとりしている間、猫船長を肩に乗せたディノッソが立ち位置というか、向く方向にちょっと困っている気配。


 というわけで、帆船に移動。


 パニック気味だった船上は、猫船長の帰還に落ち着きを取り戻した。


「船を寄せろ。あそこに荷を下ろす」


 猫船長の一言で今度は無言になったけど、特に異議を口にする者もなく作業が始まる。


「海の深さは大丈夫っすが、他は色々大丈夫っすかね。ロープを結ぶとこはなさそうっす」

おっかなびっくり作業を進める船員たち。


係留柱ビットがわりになるようなもんはねぇか」


 ビット……。マドロスさんがパイプくわえて足かけてるやつか。――そう思ったら、ボコっと崖のえぐれた場所に、いくつか先の曲がったどっしりした出っ張りができた。鉄じゃなくって石だけど。


「……」

猫船長が半眼になる。


 船の側面からロープが何本も投げられ、いくつかのビットにうまく引っ掛かったロープを引いて、船を寄せる。普通はビット側にも人がいるのかな? でもなんか船員たちは慣れている感じ。


 冒険航海もするって言ってたし、人のいない岸につけることもあるのかもしれない。……猫船長も海賊やってるとかじゃないよね? いやでも、敵対する国相手に攻め込むのは正規海軍になるのか? 


 こっちの世界は海軍と海賊の境界が曖昧すぎて世知辛い。海賊だけじゃなくて、陸路も関所なのか追い剥ぎなのかわからないとこ多いしな。


 船が崖に寄せられ、板が渡される。身軽な船員が先に飛び移り、ロープを結び直して船を固定する。


 大きな波はないけど、崖に当たらないかちょっとドキドキする。船の方も当たってもいいようにはなってるみたいだけど。


 それにしても太いロープが何本も飛ぶのって、爽快な感じで面白かった。結ぶのもあっという間だったし、すごい。ロープも確か結び方ってあるよね? 早技でわからなかったから後で調べよう。


 船倉から荷が運び出される間、邪魔にならないところで待機。――うろうろしてたら捕まえられて、船長室に連れ込まれたとも言う。


「これは?」

そしてここも色々変わった道具がある。


 海図描くやつとか、航海用のアストロラーベ――天体観測用計算盤とか、この辺は以前見せてもらった。


「ノクタールだ。軸星と時星ときぼしのある角度でもっと正確な時間をはかるもんだ」

「へえ」


 軸星というのはこっちの北極星みたいなもので、北の空で動かない。時星というのは軸星の周りを時計の針みたいに回っているんで、季節によってずれはでるけど、その位置でだいたいの時刻がわかる。


 だいたいじゃなくってもっと詳しく時間がわかる道具か。ちなみに昼間は日時計の、やっぱり色々メモリと数字と記号のある版。


 細かいメモリと記号がついた道具が他にもいろいろある。航路決めるのって、面倒そうだな。どんぶり勘定してたら、岩礁に乗り上げたり色々大変なんだろうけど。


「これは?」

扱えると格好よさそうだけど、なかなか面倒そうな道具がいっぱい。と、思ってたら透明に近い水晶のプレートみたいなのがあった。


「サンストーン、曇りの日に太陽や星の位置を探すもんだ」

「北の海でよく使われるものね?」

ハウロンが覗き込む。


「ああ。こっちは大概晴れだからな」

猫船長が言う。


 猫船長は北の海も行動範囲らしい。


「北の民が太陽を探す旅人の石か。流浪の民エシャの持ってる旅人の石の色違いって聞くが、色が違うだけで同じってわかんねぇもんだな」

レッツェも覗き込んでくる。


「そんなのあるんだ?」

「他にも放浪の民アトラスが不透明な水色の石を旅人の石と呼んで身につけてるし、中原じゃムーンストーンがメジャーかな?」

レッツェが教えてくれる。


「いろんな石がそう呼ばれてるんだ?」

「お守りだからな。その土地でそこそこ手に入れやすくて、なんかいいような石言葉がついてんのは、使われるんだろ」


 石言葉。……花言葉みたいなもんだろうか。


 流浪と放浪の違いやら、ここにある道具をどうやって使うのかとか、色々聞いているうちに無事荷下ろしが終わり出航。泥棒どころか人がいないので、荷物はシートをかけて置きっぱなし。近づくのは海鳥くらいか。


「……次に来る時はもっと変わってるんでしょうね」

ハウロンが過去を懐かしむような遠い目で城塞を眺める。


 つい半日前のことですが。


 石の精霊たちは、細かいのから姿の確認できるものたちまで、白い女神の復活に、歓喜に震え、復活した女神の影響で自分に満ちた力を持て余していた感じ。俺も女神を引き上げるために魔力を渡してしまったし。


 あんなに無気力というか、消えることを受け入れて流されていた精霊たちが、やる気に満ち溢れていた姿は嬉しいような、やりすぎを止めたいような……。


 まあ、持て余した力が変な方向に向かって、大規模な地殻変動とか起こされるより小規模で収まって良かったってことで。


 白い石って、俺の島もそうだけどカヴィルからタリア半島まで全部なんだよね。参加したい気配が伝わってきて困りました。


 言ったら嫌がられそうだから言わないけど!

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