第392話 台座
エスの街側に【転移】して、宿屋へ。
夕方にはまだ少し間があるんで昼寝――というわけにはいかず、アサスを連れて移動することになる。
「人払いを。しばらく寝る、誰も寄せるな」
カーンが部屋付きの使用人を下がらせる。
「豊穣をもたらす神よ。仮住まいから、永のご座所にお渡りを」
使用人たちが出て行った後、十分な間を持って、サイドボードに飾ってある麻袋に向かってカーンがうやうやしく告げる。
扉の外に声かけ待ちで使用人が控えている可能性が高いんだけど、とりあえず宿の部屋はカーンによって人払いがされ、鍵がかけられた。テラスに扉がなくって開放感いっぱいなんだけど、人の来ない密室だ。うん、丸開きだけど。
カーンが一歩下がると、代わりにハウロンが麻袋に近づく。あれか、運ぶのはハウロンか。
「じゃあ行こうか。【転移】」
ハウロンが麻袋を両手で支えたのを見て、さっさと【転移】を行う。
「……酷い」
ぱっと変わった周囲に、麻袋を支えたままハウロンが一言。
【転移】先は、カーンと最初に対面した広間。この地下神殿は、一人で来た時には、砂の落ちるさらさらという音が聞こえる静謐な空間だったが、今はそうでもない。
いや、耳をそば立てれば砂の落ちる音は相変わらず聞こえるんだけど、静まり返った雰囲気がないというか、子どもたち含めてみんなできた記憶と、今現在側に親しい人がいるせいで、なんかちょっと生活空間よりに印象が変わった。
「何が?」
何が酷いんだ?
「我が一族の秘法が、お手軽すぎてよ!」
ハウロンが涙目。
「今更【転移】に魔法陣の準備や触媒の準備をしろなんてアナタに言わないわよ!? 言わないけれど、せめて同行者の心の準備くらいした後でいいじゃない? せめて同意、同意がある人だけ【転移】できるとか……っ! もうちょっと!」
アサスを捧げ持ったまま涙目で迫ってくるのやめて欲しい。
「一応制限はあるぞ?」
「どこがよ!?」
ハウロンが噛み付いてくる。
「知らない人のいる場所へは【転移】できない」
「誤差の範囲というか、むしろバレなくていいじゃない!」
そうとも言う。
広いところで、無人ならばもともと【転移】できたけど、今はきちんと覚えていて人がいない場所へも【転移】できる。島の塔の部屋とかね。
「落ち着け。先にアサス様を納めるべき場所に納めてからにしろ」
カーンにいなされるハウロン。
「お前、もうちょっと
ディノッソが残念そうな顔で言ってくる。
「まあ、移動するなら一声かけるだけじゃなく、もう少し確認しろ。忘れもんがあったら、蜻蛉返りだぞ。行ったり来たりは間抜けだ」
レッツェが言う。
「それもそうだ。確認する」
戻るのは簡単だけど、落ち着きがないみたいであんまり格好良くない。
「え、そういう問題?」
ディノッソが戸惑った顔でレッツェを見る。
「解決はしてるだろうが。ジーンにとってはそういう問題だろ」
「うーん……?」
レッツェの話にディノッソが微妙な顔。
「アサスはどこに設置するんだ?」
「設置って言わないで、設置って」
ハウロンがまだ涙目。
だって柱なんだもん。
「シャヒラが納められていた場所とも思ったが、あの場所は我が配下なる者たちの執念が染み付いている。――この王座の間で良いだろう。街の整備が成れば地上に移す」
カーンが広間を見回す。
そういえばなんか神官みたいな人たちが襲ってきたんだったな。全部カーンが止めたけど。
「じゃあこの辺に台座出す?」
「ちっと待て、せめて設置場所だけでも砂を掃く」
よし、レッツェも設置って言った!
「俺が言ったのは台座の話な?」
小さくガッツポーズしてたら、手を止めたレッツェから呆れた声が出た。俺の考えを読むのはやめてください。レッツェってサトリ?
砂を掃き、場を整える。
「へえ、綺麗だな」
砂をのけた広間の真ん中の床からは精緻なモザイクが出てきた。
白と黄色がかったクリーム色、黒に近い紺色。モザイクは花と星と月を混ぜて幾何学模様を描く。
「その花の中央がよかろう。エス川が蛇行しこの地に水が戻るのならば、この場所にも水が流れる。かつての姿とまでは言わんが、美しい場所となるぞ」
珍しくカーンが抑えきれない喜色を浮かべ、床の砂を掴み取る。
平な床にしてはありえない角度でカーンの指がめり込んだので、多分そこに水の通る溝があるのだろう。
ここが綺麗になっても地上に移るんだけど、でもやっぱり地下神殿とか地下にある王の座とかロマンだよね。綺麗にしときたい気持ちはわかる。
「さてじゃあ、台座」
「おう」
中心付近にいたディノッソが退く。
「よいしょ」
【収納】から島の石工たちの傑作を取り出す。
カーンよりひと周り大きな、二匹の翼のある鯨が海面から体を捻って大きく跳ねたような意匠。その鯨二匹に支えられた、『精霊の枝』を 安置する平な場所の上には屋根もあって、その上に狼が眠っている。
埴輪が乗るはずだった島の台座です。周囲の海の恵と力強さ、その上に俺の領主としての意匠の狼がのんびり寝ている図だ。
「こりゃまたダイナミックだな」
レッツェが言う。
うん。埴輪が乗るにはダイナミックだったんですよ……。
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