第393話 早いし怖い
「シュールだな……」
ディノッソが上を眺めて言う。
埴輪が真ん中に乗ると、見えなくなる高さと広さの台座である。ナルアディードの『精霊の枝』、麦を想定して作られている。
いや、麦だってそのまま置いたら見えないんだけどね? この台座の上に別な彫刻があって、両手で捧げ持ってる感じだったんだよ。俺が枝用って発注したのが敗因だ。今その彫刻は、ハニワの後ろの壁付近に設置されている。
ハニワが設置されてる台座は、高さがないものになった。俺の腰よりちょっと上。
何でそんなことになったかと言うと――ちょっと前に島でしたこんな会話だ。
「落ちても木だから割れない、はずよね?」
「多分? いやでも、白と黒の枝は繊細だから割れるかも?」
ソレイユの問いに応える。
カーンからもらったシャヒラの枝は、宿木をイメージした精霊の枝だ。細かく枝分かれした繊細な枝は、どこか金属質で、珊瑚みたいで儚い印象だ。実際ひび割れて崩れるのを見てるしね。
「この妙な枝は丈夫そうだが――動いたら、他の二枝も落ちないか?」
「激しく動くようなら、この直径がある枝も危ないのでは?」
キールとアウロが言う。
妙な枝と直径のある枝って……。動くこと前提なのか、そうなのか。
「――万が一、落ちても大丈夫な高さに変えましょうか」
「それがいいな」
ソレイユの言うことに同意する俺。
うん、動くこと前提です。
改装終了。じゃない回想終了。
そう言うわけで鯨の台座は浮いてしまったわけだが、砂漠の地下神殿で第二の人生を送ることとなった。
本来枝の乗る場所は俺の頭の位置くらい。そこに枝よりも丈のある柱がどんと乗って、アサスの顔がこちらを見ている。
「角度によっては下半身見えないし……」
思わず視線を逸らす俺。
ガタガタ言うアサス。
「いや、まあ、彫りかけの彫像のようだな」
レッツェが上手いこと言った!
「そうそう、顔もお美しいし、肩からのラインが素晴らしいわ」
ハウロンがフォローした!
「えーと。わんわんの小屋は、どのくらいの大きさでどこに置く?」
「小屋って言わないで、小屋って!」
ハウロンが言う。
「戦の神には正面をお守りいただくのが伝統だ」
カーンが重々しく言う。
「なるほど。じゃあ、不審者にすぐ噛みつけるように、ここの入り口入ったとこの脇に置くか」
広間の入り口に目をやる俺。
「番犬扱いするのやめて!」
ハウロンの注文が多い。
「この砂漠で、建材に使えるような太い木々は貴重。特に黒檀などは多くの人の手を経て、遠く危険な竜の土地から運ばれる。権力の象徴だ」
「ああ、暑いとなんかひょろ長い感じの木か、椰子の木みたいなのだよな」
カーンの説明を聞く。
黒檀も暑いとこに生えてるはずだけど、さすがに砂漠にはない。わんわんに黒檀を望まれた後、エスで精霊にリサーチしている。まだ、エス川より向こうとか、ずっと南とか、竜の巣の材料とか、生えてる場所は謎だった。
「黒檀って、どこから運ばれてくるんだ?」
だけど、どうやら元王様は手に入る場所を知っているらしい。
「ここからずっと南、草原と細い木々の生い茂る場所、さらにその先の竜に仕える者たちから買うのだ。だが、それももうエス川が大きくうねる前の昔の話。すでに交易は途絶えておる」
カーンが言う。
「おい、あんまり煽るな。こいつがノコノコ顔を出しに行く未来しか見えねぇ」
ディノッソがカーンを止める。
いやまあ行くけど。でも、南に行くのってあの怖いジャングルみたいなとこ通過しないといけないんだよなあ。
「待て、続きがある。我の時代、支配者の椅子などは黒檀のはず。失われた都市の数々を暴けば、嵐と戦の神の座ができよう」
「多くの支配者の椅子を集め、座に……。嵐と戦の荒々しい神にふさわしい……」
ハウロンがうっとりと言う。
上でアサスがガタガタいっている。顔がぶれて見えるんですけど……。
「小屋を作るほどの材木取れるかな?」
「探してみねばわからぬ」
「エスが来る方が先な気がしてきた――って、来たし!」
気がついたら入り口からとぷとぷと水が入って来ている。
「えっ!?」
「ば、馬鹿な! この場所は外に水があふれる時も、一定量しか流れるぬ作り!」
ああ、そういえば四角い井戸みたいな作りの階段を降り切って、入った先の通路は上がっていた。
「でもまあ、物理法則無視してるみたいだし?」
砂浜を進む波のようにざーっと薄く優しく。でも所々首を持ち上がるみたいに、波立っている。波立っているというより、イルカみたいにどぷんと現れ、薄い水の中に飲み込まれるという不自然さ。
「――我妻エス! 俺は従わん、従わんぞ! 綺麗な花々、蝶々と自由にあそび戯れる!」
ガタガタ言ってるアサスの台座に絡みつくように登ってゆく水。
「怖い」
「ふふ。私の愛しい人……」
登り切った水は、エスの形をとってにっこり笑った。
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