第394話 住むところ
「よし、じゃああとは夫婦でゆっくり積もる話をしていただいて、部外者の俺たちはお暇しよう」
レッツェが隣で小さく手を打って注意を引き、見合いの常套句みたいなことを言う。
「そ、そうね」
ハウロンがそう言って、俺の方に寄ってくる。【転移】しろってことだな?
「外を確認したい……」
カーンが言って、ゆっくり俺のそばに歩み寄る。のっしのっし。
「……」
そそくさとそばに寄ってくるディノッソ。
「じゃあ、また後で」
一応アサスとエスに挨拶する俺。
「あ・な・た」
「な、貴様ら!」
絡みつくエスとガタガタいうアサスを置いて、カーンの希望通り外に【転移】。
出たのは地下神殿への入り口のある四角い井戸のそば。
外は、抜けるような青空。さっきまでいた広間は天井がかなり高く、精霊灯の他に、ハウロンの魔法の明かりで広範囲が照らされていたけど、外の開放感と明るさには敵わない。
「エス川が……」
カーンがつぶやく。
周りを見れば、風景は一変していた。見渡す限りの砂漠が、水に変わっている。井戸の周りを少し残して、黒い水で溢れている。黒い水というか、砂が水を吸って黒く見えてる?
広く、浅く、砂丘を飲み込みながらゆっくりと沁みてくるエス川。すでに対岸は見えない、砂漠にできた黒い大きなシミ。
「平すぎてじわじわ広がってるんだが大丈夫かこれ?」
今もまた、水に囲まれた砂丘が崩れた。ちゃんと海辺の都市、エスまで水いくんだろうな。水争いはごめんだぞ?
「……大丈夫だ。砂に埋もれているが、かつての川筋がある。これから交易のための船を、ロバを、人を揃えねばならぬ。――エスの都市に住む者たちに気づかれぬうちに」
感に堪えない風にエス川を見つめ、カーンが言う。交易はあれか、昔、エス川の流れが違っていた頃の黒檀とかの交易か。ドラゴンの住む土地の近くだったかな? 今もあるのかその集落?
まあ、無事だとして、カーンの言う通り、すでに河川船運の基盤のあるエスの人たちに気づかれたら、交易はそっちに取られるだろう。でもその前に家だと思います。
「中原の戦争で壊滅しそうな小国がいくつか。死なすには惜しい人材に声をかけてみるわ。あとはアタシと付き合いがあって、国王がどうしようもないトコの優秀な人材とかね。そっちは、領民ごと囲えば、うんっていいそうなのよね」
ハウロンが言う。
だからその前に家。砂漠の真ん中に連れられてきても辛いと思うんだけど。
「ベイリス」
「はーい」
カーンの呼びかけに答えて隠れていたベイリスが現れる。
「ふふふ……」
踊るようにくるっと回って、両手を上にあげると砂が動き出す。
大量の砂が生き物のように動く。不思議と砂埃は上がらず、サラサラと引いてゆく。砂が動き遠ざかると、広範囲に滲むようだったエス川が流れを見せ始め、俺たちのいる場所とその正面を大きく中洲のように残して、後ろで合流する二つの流れを見せる。
どうやらこれが昔の川筋らしく、砂が避けられた跡には砂でない地面が見える。いったいどれほどの範囲の砂が動いたんだろうか、川の流れははるか遠くまで整えられている。
それに伴って、見たことのないほど大きな砂丘がいくつか。やがては風にながされ、他の砂丘と似た高さにおさまるんだろうけど、大迫力。あの砂が雪崩れてきたらと思うとちょっと怖い。
見えたのはかつての川の流れだけじゃない。正面にはピラミッドの石に似た、少し黄色みがかった石造りの家々。まっすぐ伸びる道、大通りに面した家々の柱や壁にはレリーフ。
水が流れて落ち着いた後、取り残された中洲から薄く残った砂がさらに流れ、整った美しい街が姿を現す。
以前カーンが子供たちと俺たちに見せた繁栄したころの火の都市。広場の幾何学模様が遠目にも美しい。そしてそこに設けられた噴水から水が流れ出だす。
「すげえ……」
ディノッソがあっけに取られた顔を隠そうともせず、砂から現れた街を見て言う。
「神殿と城は建て直さねばならんな」
確認するようにあたりを見回し、満足そうに笑うカーン。
「ふふふ」
ベイリスが得意げに笑ってカーンの首に抱きつく。
「砂で保存を?」
レッツェが聞く。
「そう。王の枝が狂ったあと、国に従属していた精霊たちが暴れるのを抑えきれなくなったの。でも、抑えられなくなるのは分かっていたから、民を逃した後にカーンの頼みで砂で覆ったのよ」
他の都市はだめだったけど、ここだけね。とベイリスが答える。
「冒険者やってて、精霊の力が使われるのを見るたび、知識と下準備で出し抜けるって思ったもんだが、ここんとこ見せられる精霊の力にゃ脱帽させられる――綺麗なもんだ」
答えたベイリスから視線をまた街並みに移して、レッツェが言う。
「アタシはアナタを見習いたいわよ。さっきの危険回避能力とか判断力をね……」
ハウロンがレッツェを見ていう。
「弱いんでな」
肩をすくめるレッツェ。
俺の師匠、俺の師匠!
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