第524話 生産拡大に向けて

 精霊にはならない。


 それはそれとして、俺は竹が欲しい。もっと言うと耳かきが欲しい。筍はあるんですよ、『食糧庫』に皮付きのが。


 でも下はばっつり切ってあるし、この辺りの精霊たちはこんな形のは見たことがないらしく、ちょっと精霊に頼んでズルして育成もできそうになく――レッツェたちに見せたら説教されそうな、金の筍はできたけど、竹には育たなかった。


 そういうわけで俺は東を目指す。知らない精霊に会いまくる危険もあるけれど、知らない世界を見るのは楽しいし、メール人たちのような出会いもあるはず。


 あ、でもその前に。


 畑仕事の手入れと物質拡充なお仕事。もちろんリシュともたっぷり遊ぶ。リシュに向かって手を伸ばすと、いつもはピンと立った耳がぺたんと寝て正面から姿を消す。なで待ちである。うちの子かわいいい。


 耳のくっついてるとことか、ほっぺたのあたりとか、毛の生えている方向の切り替わり? 毛の種類が変わる境目? そのあたりの凹凸の毛並みが可愛いと思うんですよ。リシュは全体的に可愛いけどね。


 『家』でやることをやったら、【転移】して島。ソレイユから商売的なことを、アウロとキールからは島のあれこれを聞く。


 俺がのこのこくると、ソレイユの予定が狂うことが多いから報告や相談は一応、毎月一日ついたちと決めた。それでもやっぱり飛び込みで用事を頼んだり、様子を見に来て邪魔しちゃうこともあるけどね。


 商談相手が島に来たがるおかげで、ソレイユも時間に余裕はできたみたいだけど、ナルアディードに商品を実際に見に行ってたりするし、この世界の住人としてはものすごく忙しい。


「メール小麦、届いたわよ」

「早いな?」

船の修理を大急ぎで終わらせて来たにしても早い、はず。俺は【転移】で行き来してるから実感ないけど、ハウロンが教えてくれたメールからナルアディードの航海日数と合わない。


「キャプテン・ゴートが言うには、海峡に入った途端押し流されて、あっという間にナルアディードが見えた、そうよ」

机についた両肘、組んだ手に顔を乗せたまま俯いて、俺と目を合わせないソレイユ。


 セイカイか、セイカイの仕業か!


「……まあ、そんなこともあるか」

精霊がいる世界だもんな。船長猫だし。


「ないわよ!!!」

がばっと顔を上げて短く叫ぶ。


「何で!? 猫船長がいるんだから、そんなこともあるだろう!?」

猫船長に会ってるんだよね?


 まさか俺だけ姿が猫に……いや、レッツェにも猫に見えてたし、猫だぞ?


「キャプテン・ゴートは猫だろうと立派な船長よ?」

「え、うん?」

真顔で言い返されたんですが、この世界では猫の船長は精霊よりも常識なんだろうか。


「ソレイユは昔からキャプテン・ゴートのファンだ」

「ソレイユ様は目の前に『ある』ものはそのまま受け入れる傾向があります」

「我が君、ソレイユは現物主義なのですよ。当初は少々混乱いたしますが……」


 キール、ファラミア、アウロがかわるがわる俺に告げる。そういえば、大広間に設置した荘厳な音楽が鳴る石とか、ちゃっかり商売にしてるみたいだし、蜘蛛の精霊のレースも売ってるし、現物があれば慣れて受け入れるというか、商売にするのか。


 猫船長の存在はすでに叫ぶ時期を通り越して、受け入れてるんだな。


「だいぶ早まったみたいだけど、メール小麦の取扱は予定通りに頼む。そういえばリプアって、やっぱり旱魃かんばつでまいってるのか?」


 リプアは俺に土地を領民ごと買い取らないかと持ちかけてきた領主の収める土地だ。


「リプアに限らず、参っているわね。飛び地で育てているトマト、あれをリプアでも育てさせてくれないかって打診が来てるわ」

ソレイユが俺を見る。


「うん。トマトも含めて、乾燥に強い野菜をいくつか本格的にお願いしようか。あと、旱魃の原因だった精霊を英雄クリスが仲間のところにお引き取り願ったから、すぐにってわけじゃないけど気候はだんだん元に戻るぞ」


 とりあえず野菜の種類と流通を増やす方向。トイレというか下水関係はカヌムが頑張ってるし、バスタブはパスツールが頑張ってる。宝飾品や服の類は、勇者たちが頑張ってるみたいだから放置。


 あと何があれば人が増えるかな? 人が増えれば物質ものも勝手に増えると思うんだよね。安心して暮らせる世界には法整備がいりそうだけど、面倒だからパス。


 未だ領地に入ってきた人は身ぐるみはいでいい獲物だと思ってる場所が多すぎてこう……。まずそこの征服からとかになりそうだし。


「待って、旱魃が解消するの?」

「うん。土地への影響もあるし、場所によっては年単位でかかるだろうけど」

すでにカラカラに乾いて、植物が生えない土になってたりね。枯れた木々が育つまで時間がかかるだろうし。


「商機だわ!」

ガタリと立ち上がるソレイユ。


 ああ、主に食料関係の流通する物の種類や量が変わるし、他より先に供給が増えることを知っていればやりようはあるだろうな。小麦を売り抜けて、代わりに他のものを買い叩くとか。


「あ、これ解決の立役者、英雄クリスの像ね。飛び地に『精霊の枝』代わりに飾っといて」

【収納】から取り出して、ソレイユの執務机に置く。


 なお、不埒者の迎撃は本像がします。精霊金の剣の切れ味ってどうなんだ?


「ちょ、地の民の傑作に硬い物を雑に……っ! って、精霊金!?」

執務机から持ち上げようと、クリスの像にとりすがったソレイユが目を見開く。


 ソレイユの悲鳴が響く。

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