第523話 あわい

「で? 今回は海神セイカイを助けて、セイカイとそれより大きな大気の精霊と契約してきたんだな?」

「うん。なんか南天の大気の精霊だって」

話をまとめるかのように確認してくるレッツェ。


「……っ」

ハウロンがガタンと音をたててテーブルに突っ伏した。ガタンとしたせいで、椅子の位置が離れ、なんかへっぴり腰になってる。握った茄子でダイイングメッセージが書けそう。


「今更じゃね?」

ジョッキを口に持っていきながら、ハウロンをつつくディーン。結構酔っ払ってる。


「何で、何で南天なのよ! 内海はまだ赤道は越えてないでしょ!?」

がばっと起きてハウロン。


「そうよね! 大気の精霊はよく混ざり合う、南天と呼び表すのはそちらにいることが多い、というだけよね! 天の赤道から太陽の行く黄道だってずれてるわよね!」

ハウロンが自分で自分に解説。茄子をマイクのように持ってぶるぶるしてる。


「めちゃくちゃ言い始めたぞ、おい」

つついておきながらディーンがジョッキを胸に抱えて引いている。


「赤道ってのがあるのは知ってるけど、俺たちみてぇな、生活する場所からあんまり動かない人間には関係ないな。北と言えば多少方角が違っても黒山だし、南って言えばナルアディードやエスのことだ」

レッツェがツマミを食べながら、関係なさそうな顔をしてる。


「たとえが壮大すぎて、凡庸な私たちには難しいよ」

クリスが困った顔。


 うん。いきなり赤道とか天とか言われても困るよね。俺も困ってる。


「そういう規模に片足突っ込んでるの! ジーンが! 北天は眷属は活発だけれど本人は不動って聞くし、もっとこう、ちょっとだけ可愛らしいのを想像してたのよ!」

激昂して立ち上がるハウロンおじいちゃん。関節に続いて、高血圧にいい料理を模索するべきかもしれない。


「さすが大賢者、精霊のことにも詳しい。事故防止に今度色々教えてくれ」

「え? ああ、いいわよ? どんな話からがいいかしらね」

教えを乞うたら、急に普通になった。普通の顔をしてすとんと椅子に座り直す。


 大賢者、ちょっと普通の人と違う。


「切り替え早い!」

ディーンも驚いている。


「海の中は楽しかったか?」

「ものすごくカオスだった」

レッツェに答える。


「精霊の胎内に入ったようなものでしょ? まだ何かの法則があることがわかるだけマシだわよ。有名どころだと、『決して振り返らない』『声をあげない』『何も持ち帰らない』とかね。今回の場合、『物語りすれば進む』ってことかしら」

ハウロンが言う。


「なるほど、あそこは話に聞く『妖精の道』だったのだね?」

「『妖精の道』もそうね。精霊界と物質界の境界が入り混じる『あわい』の世界、時間も距離も全てが狂う精霊の世界を垣間見てきたんでしょ」

クリスにハウロンが答える。


「え? あれが『あわい』?」

そうか、確かに普通半日じゃ、そう深くまで掘れないよね? 感覚的にすごく深いところまで行ったと思ったんだけど。でも、時間も距離も狂うなら納得だ。


「道を開く精霊によって違うんじゃないかしら? 有名どころは、黒山の迷いの空間、滅びの国にある惑わしの霧。行ったことがあるけれど、この二つは意地が悪くて陰々滅々としてたわね。比較的安全で綺麗だったのは、光の葉の道かしらねぇ」

クルクルと自分の髪を指で巻くハウロン。


「なんかハウロン、賢者っぽい」

「元々賢者よ!」

俺より色んなとこ行ってるし、色々考察してる。


 俺は西の海の向こうにあるという滅びの国にはまだ行ったことがないけど、黒山ちゃんのとこなら行った。ただ、『あわい』じゃなくって、普通に山の中に受け入れてくれたけど。


 気に入らない人は、『あわい』で迷わせて、最終的に『精霊界と物質界のねじれ』にぽいぽいしちゃうんだっけ? 


「案内がないまま立ち入ると、帰れる保証はないんだから、好奇心に負けて入るんじゃないわよ?」

「はーい……、ん? いや、帰れるかな?」

素直に返事をしようとして引っかかる。


「何でよ?」

「だって、クリスを迎えにカヌムに戻った時、すでに海の中だったし」

【転移】で戻れます。


「そうだね。連れていかれた先は、空の見えないキラキラ光る海の中、エメラルドのように美しいカメの背だったね」

クリスがうっとりと言う。


 ――エメラルド? あのカメ、保護色してた気がするけど。ああ、クリスにはカメというか精霊が輝いて見えてたのかな? 海中はとても綺麗だったけど、カメが綺麗だった覚えは一切ないぞ。気の持ちようとか先入観だろうか。


 俺だって音を奏でる石の精霊や、塩の結晶の世界でクジラとあった時には、すごく綺麗だと思ったし、カメが悪いと思います。


「【転移】……。一族の血であがなう秘術が……。そう、高みはそこまで……」


 ハウロンが茄子を握りしめてブツブツ言い始めた。


「無事で何よりだが、あんまそっちの世界に行くなよ? お前が違うモノになっちまうのは、ここにいるみんなが寂しがる」

「うん。行かない」


 酒を飲みながら言うレッツェに答える俺。落ち込んでるハウロン、笑い上戸と泣き上戸を併発し始めたディーン、心配しながらもつられて笑うクリス、暖炉の前で動かないカーン。


 うん、行かない。

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