第522話 真面目な話と検証

「ちょっとそこにいた大気の精霊と契約しました」


「ちょっとでこれか?」

片眉を跳ね上げてカーンが言う。


「ちょっと魔力をほとんど全部持っていかれました」

「おい……」

レッツェの椅子がガタリと音を立てる。


「ハウロンから学んだ魔力回復方法で倒れなかったので、大賢者すごいと思いました。主に握力」

「握力なの!?」

ハウロンが叫ぶ。


「あんま危ないことすんなよ? 魔物がいないところでも、危険はいくらでもある」

レッツェが座り直して、酒を飲む。


「――うん。安全確実な場所以外では、大物っぽい精霊の名前はなるべく呼ばないようにしてるんだけど、精霊って特徴がそのまま名前になってるパターンが多くって」

よく罠にかかります。


「海神セイカイもジーンと契約しようと、グイグイしてたからね。海神セイカイについてはジーンも本気で嫌がってはいないようだったけれど。精霊によっては、ジーンに名前を言わせるために、迫るだけじゃなく誘導してくるかもしれない。すごいけれど、大変そうだよ」

クリスが心配そうに言う。


 グイグイのニュアンスが微妙というか、物理ですね!


「契約自体は嫌じゃないのね?」

ハウロンが確認してくる。


「ぐいぐいくる精霊には引くけど、契約自体は嫌じゃないというか、する方向。ただ、あんまり精霊の比重が高くなると世界のバランスが崩れて精霊の世界になっちゃうのかな?」


「ぶぼっ!」

ディーンが盛大に吹き出す。


「それはどういう?」

真面目な顔をするハウロン。


「人間の目に見える精霊が増えるだけならともかく、人間に憑いて主導権を奪うというか、人間が人間でいられなくなる。魔物に憑いた黒精霊みたいに、精霊の感情にそのまま引きづられる――かんじじゃないかと思ってる」


「なんでジーンの契約精霊が多くなると、世界がそう・・なるの?」

どこか優しい声で聞いてくるハウロン。


 別に懐柔しようとしなくたって教えるぞ?


「俺の契約精霊がというか、精霊全体が強くなるとそうなるって話。元々、神々から頼まれたことに、精霊との契約だけじゃなく、ものを作って発展させて物質界を豊かにすることがセットでついてるんだよ。精霊せいしんも物質も偏るのはよくないって」


「……魔力が無限にあったとしても、いきなり全ての精霊と契約して強化するのは危ない、のね?」

「そう。勇者たちが絶賛精霊を消費してるから、ある程度は平気だろうけど。光の精霊はちょっとまずいかな? 精霊の偏りも物質界に影響があるから」


 実際どうなるか知らないけど。光ばかりが強くなると、夜が無くなったりするんだろうか? それとも太陽を見るような、ずっと眩しい世界?


 俺の守護神二人光の精霊だし、座布団を始め城塞都市で結構光の精霊と契約しちゃったからな。光の玉が勇者を守護してるせいで、勇者たちも光の精霊を使い潰すってことはしないだろうし。


「世界うんぬんも怖えが、お前も精霊に引っ張られないようにしろよ?」

レッツェに釘を刺される。


 ――もうだいぶ引っ張られてるというか、元々偽勇者のようにこの体は精霊に作られた人形チェンジリング。最初は日本の記憶というか、人間として生きてきた記憶が強くて、特に疑問にも思わず元のままの人間だと思ってたけど。


「みんながそばにいる限りは大丈夫」

俺が物質界ここに居たいと思う限りは。


「物質界を豊かにとは、具体的に何をする?」

カーンが腕を組み、難しい顔をして聞いてくる。


「住みやすくて、食料の心配がなくって、人や動物が増えればいいんじゃないかな? 精霊灯みたいなのとか、精霊が関わったものならなお良しっぽい?」


「ああ、火の時代も全盛期は大灯台といい精霊が関わったものが多かったわね。風の時代は風の精霊の運ぶ土が今よりずっと多くて、中原は豊かな穀倉地帯だったし」

色々思い当たったらしいハウロン。


「――自分が自分じゃなくなるってのは怖いな」

「私は私として、精霊と良き隣人になりたいものだね」

レッツエとクリス。


 クリスは懐が広い。すごく広い。


「世界が俺の知ってる世界じゃなくなるってのも怖いな」

ディーンがちょっと引いている。


「精霊苦手か?」

魔法陣で精霊を見せた時、特に怖がっても避けてもいなかったと思うけど。ディーンも懐広いよね? なんで?


「俺は綺麗で柔らかいねーちゃんの胸に顔を埋めたいの! 触れなきゃ嫌なの! うまいものも食いたいの! 精霊と混じっちまったら、色々変わるだろうが!」

どんっとジョッキを置いて青年の主張。


「ああ、うん。セイカイのイルカはぱつんぱつんの濡れた茄子みたいな触り心地だったよ」

「ぱつんぱつん……? 茄子?」

先ほどの勢いを完全に止めて、怪訝そうな顔で俺を見るディーン。


「こんな感じです」

【収納】から、よく育ったみずみずしい採れたての茄子を取り出し、コップの水につけてディーンをぐりぐりする。


「あっ! ちょっ!」

身をくねらせるディーン。


「本物のイルカとどう違うの?」

ハウロンが聞いてくる。


「俺、本物のイルカにぐりぐりされたことないぞ」

なのでわからない。


「まあ、普通そうだな」

レッツェがこっちを見ずにボソリと言う。


 イルカショーとかないし、海辺に住んでるわけでもないからな。イルカにぐりぐりされる機会なんてない。


「検証するならこれあげるから、本物のイルカに会いに行ってください」

ハウロンに茄子を渡す。


「水に浸かるの嫌よ、アタシ」

「ディーン連れてけばいいんじゃ?」

「そうね」

ハウロンと二人、ディーンを見る。


「そういうわけでディーン、頑張って」

「何をどう頑張るんだよ!」

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