第154話 言語

 大福の姿を探して三階を一度覗き、お留守だったので魔の森に出発。


「おう、熊の兄ちゃん。急ぎじゃないなら森に行くならやめとけ、いつもよりこれでもかって降ったから、足元が酷いぞ」

……しようと思ったら、門番に止められた。


 こっちは薄曇りの日が多いけど、まとまった雨って珍しい。いつもならすぐに地面に吸収されてしまう水が水たまりを作ってるだろうって。自然相手はままならないことが多い。


 お礼を言って戻る。何人か交代で詰めている中で、出入りする人に一言二言毎回声をかけている人だ。これがあるから街の出入りに気を使う。俺には不都合だけど、犯罪防止にはいい方法だと思う。


 後で何か差し入れでもしよう。


「ずいぶん早いな、声をかけるの遅れたか」

裏口から家に入ろうとしたら、隣の扉が開いてディノッソが顔をだした。


「エクス棒試すんだろ? 明後日くらいにみんなで行かね? ローザの関係者が全員移動して、三日経つしそろそろ精霊剣試しに行く話なんだが」

「行く」


 執事とレッツェの言うことには、ローザたちのパーティーって迷宮じゃなくって、普段は魔の森とか氾濫が起きそうな人の生活域に近い場所での活動が多いけど、金策に迷宮に向かったのだそうだ。ダンジョンは魔物が魔石を持ってる率が高い。


 なお、人の生活域に近い場所での活動は人々の心証を良くするためだろうって。名前を売るために迷宮の下層まで潜ったこともあるみたいだけど。国の復興目指してる人は気にするところが違うな。


「ジーン! お茶飲んでって〜」

「お茶〜」

「おやつ〜」


 ディノッソの後ろから顔をのぞかせた子どもたちに誘われる。おやつって江戸時代の刻限、午後二時から四時頃までをさす「つ」だが、こっちでもおやつなのか。【言語】ってどうなってるんだろうな? 


 今更ながら考えつつ、子どもたちの誘いに乗る。


「お邪魔します」

「いらっしゃい。――しょうがない、もう焼きましょうか」

「わーい!」


 子どもたちが両手を上げて喜ぶ。子どもたちの喜びようからして、どうやらお菓子の仕込みをしていたらしい。その証拠に奥から姿を見せた腕まくりしたシヴァの手が、粉にまみれている。タネだけ準備して、もっと後で焼くつもりだったのかな?


 ディノッソとくだらない話をしながらお茶を飲む。ついでに子どもたちの字の勉強に付き合う。


 俺の知ってるだけでも五つくらいの言語があるが、元はみんな一緒。大昔のルフが使っていた、今は精霊言語と呼ばれるもので、そこから地方ごとに派生したと言われている。


 今でも神官や貴族、商人はこの言語を勉強する、共通語の扱いだな。精霊に力を借りるため、語りかけるのは正式にはルフ語のさらに古語で、これは魔法言語とも呼ばれる。


 精霊は大抵の言葉は通じるし、話せるのだが、ルフの古語は精霊の耳に心地いいらしく、よく力を貸してくれるのだそうだ。


 で、それを勉強中。――だけどなんか子どもたちがぽかんとしてるんですが。


「お前……」

ディノッソが呆れた顔でこっちを見ている。


「なんだ?」

「古語で全部話すの止めろ。わかる言葉で話せ」


 ……。


 やばい、自分で何語を話しているのか意識しないとわからない! 【言語】さんたら便利すぎ!


「古語は断片的な単語しか残ってないんだからな?」

念押しするディノッソから視線をそらす俺。


「はい、はい。焼けたわよ、お茶を入れてちょうだい」

シヴァが台所から焼きたてのパイを木の丸い盆に乗せて出てくる。


「わーい!」

子どもたちが白墨はくぼくを投げ出してシヴァに群がる。


「手を拭こう、手」

こっちの人たちって食う前に手を洗わないんだよな。井戸から汲むの面倒だし、気持ちはわかる。それに、井戸水自体があやしい。なので最近は熱いおしぼり推奨中。


 俺が茶を入れている間に、シヴァが盆の上でパイを切り、皿を持った子どもたちに一つずつ分けている。


「いただきます」

シヴァの焼いたパイはかぼちゃだそうだ。


「このかぼちゃ、不思議だな」

パイの具はなんかオレンジ色の紐みたいだった。


「糸かぼちゃよ。夏の終わりに収穫して、ジャムにしたの」

シヴァが教えてくれる。


 そういえば日本にも、そうめんかぼちゃとか言うのがあるって何かで読んだような気が。あれもなんか使われてたのはさっぱり系な料理だった気がするんで、味はこっちのかぼちゃに近いのかな?


 こっちのかぼちゃは甘みが少なくて、水分が多く粘質で、香りがある。他のものと一緒に使うならこっちのかぼちゃのほうがいい。


 シヴァのつくったジャムは絶妙で、金色の糸のようなかぼちゃがつやつやできれい。歯ごたえがしゃりしゃりして面白い。でも、お菓子にするなら断然日本で出回ってたかぼちゃだなあ。


 予定外だったけど、久しぶりに子どもたちと遊んで癒された。純粋でいいな〜と思いつつ。


 エクス棒を試せなかったので、家に戻って色々詰めた小箱をたくさん用意。箱には蓋の代わりに紙を貼る。


 呼び出したリシュが何をしているんだろうといった風に、じっと作業を眺めている。 


 屋根裏部屋を作ったことで、カヌムの家の三階は完全に作業場になった。


「エクス棒!」

「はいよ、ご主人!」

ぽんっと棒の先からエクス棒が現れる。


「ごめん、今日もあっちのコンディション悪くて行けなかったから、ここで物当てゲームしよう」

「おう!」


 そういうわけで、本日はエクス棒で箱の紙をぼすっと破って中身をツンツンして何かを当てるゲーム。


 途中で問題よりもボスっと穴を開けるのが気に入ったエクス棒にねだられて、しばらく穴あけ作業をした。


 最終的にリシュも参加したので、なんか紙を大量に破りまくった。後で格子状の枠に紙を貼ろうか。猫の障子破りを思い出した俺だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る