第302話 認識阻害中

 祀ってんのは、光と清浄、処女神ナミナ。


 神殿でディノッソがそう言った。


 ハラルファから聞いた話は、光の玉は戦から生まれた精霊で、自身の正義を掲げるタイプ。司ってるのは剣技と攻撃魔法、光属性なのに回復系は苦手――


「……神殿って、ナミナの神像とかあった?」

「あったろ。お前は精霊の枝の方に気が行ってたようだが、目に入らないってことはないぞ、あれ」

レッツェが言う。


 力を失ってもリシュは子犬のまま、ベイリスもそのまま小さくなった。もともと玉だった説も、神像があるなら違う。本体が丸い玉の可能性も? いや、だったらアッシュが何で俺が玉に見えているのか確認してこないな。


「ま、精霊は気まぐれで姿を変えることもあるし。そもそも俺にはほとんどの精霊は淡く光る玉に見えてるしな。だから尻に座布団つけてあるくなよ?」

ディノッソが言う。


 はっ! 座っているならともかく、歩いている時に尻のあたりに座布団がいるのは、顎精霊並みに愉快なんじゃ……? 蛍……。


 何か考えが浮かんだ気がするけど、それどころではない問題発生。大丈夫、今は光の上に座っているアッシュだ。尻について歩かれるのは、一緒にいる時間が長めな俺か、後ろを追い回されても気がつかないレッツェくらい。


「何で俺を見る?」

「いえ、何でもないです」

顔をさっと斜め下の床に向ける俺。


「こら、丁寧語! ロクでもないことだな!?」

「見えないって幸せなこともあるよね」

顔を両手でわしっとされて正面を向かされたけれど、視線はあさっての方向にして抵抗。


「レッツェ様は出かけておられる時の方が多うございますから……」

執事が控えめに声を掛ける。


「尻か、尻が光って見えるのか! 桃のシロップ漬けといい、お前は」

見えないのに相変わらず少ない情報で答えに行き着いてるレッツェ。


 そしてまた俺のほっぺたの人権が蹂躙されてる。それはともかく、俺が尻に執着してるみたいな言い方はやめてください。


 明日はギルドで報酬をもらう日。晴れていれば昼には城塞都市を後にしてカヌムに向かう。朝立ちが基本だけど、ごたごたに巻き込まれないようさっさと帰ることにした。


 しばらく酒を飲んだ後、それぞれの部屋に引き上げて就寝。何か思い浮かびそうだったけれど、気持ちのいい眠気に飲み込まれた。


 で、リシュの散歩の時間に目がさめる俺。でもまだ早い、冬が近くなって日の出が遅くなっていっている。


 下からディノッソの規則的な寝息。座布団は光の精霊なので、部屋にいると寝るにはちょっと明るい。なので内緒でレッツェの布団に入ってもらっている。回復効果もあるようだし、ちょうどいい。


 ハンモックでしばらく二人の寝息を聞きつつ過ごし、【転移】して家に帰る。


「リシュ、ただいま」

たかたかと駆けて来たリシュがすぼっと足の間にハマる。うちの子可愛い。


 散歩に出発。ここはカヌムより暖かいけど、山の上は冬だ。【収納】に詰めた栗をなんとかしないと。山の恵みも畑の恵みも、毎日観察して一番美味しい時に収穫する、それが美味しい素材。


 あちこちフラフラしているせいで、頑張って収穫はしているんだけど、加工が間に合っていない。城塞都市から戻ったら、しばらく粉挽きや、仕込みやらしよう。


「おはようございます」

畑にいたパルに挨拶をする。


「おはよう。ラディッキが取り時のようじゃで」

「ありがとう」

毎日観察してるのが俺の他にもいて、そっちの目の方が信頼が置けるという畑の現状。


 ラディッキは赤紫で芯の部分が白いこっちの葉物野菜。赤紫の部分はサクサクとしてすがすがしい甘さ、白い部分はシャキシャキとして少し甘苦い。サラダに入れると歯ざわりも変わるし、彩もいい野菜だ。


 ナイフを根元に入れて、手早く収穫。朝採り野菜はすぐに【収納】行き。そのほかにも数種類収穫する。パルはその間、土の様子を見たり、葉の間を調べたり、のんびりしているようで忙しい。


「そういえば、ナミナは――おっとミミズがいる」

ミミズは畑の土をふかふかにしてくれる益虫だ、丁重に大地にお帰りいただく。


「何だね?」

「……何だったかな? そうだ、俺が元いた世界での俺の扱いってどうなってるんですか? 前に一度カダルに聞いた時は「なかったこと」になってるって聞いたんですが」

俺はあまり元の世界に未練になるような人がいなかったので、聞いたのはこちらに来て、しばらくしてからだ。


 答えは「なかったこと」、もともと存在しなかったことになっていると。まあ、悲しむような人もいないので別にいいけれど、そこまで大々的に改変されるのかと少し驚いた。


「そうさの、そう言われておるな。こちらから戻るすべがない上は、そう諦めておったのかもしれぬし、本当のところはわからん」

おっと、そういう可能性もあるのか。


 そして神々でも異世界人の呼び寄せについてはわからないことが多い?


「ほれ、カーボロもいいようじゃぞ」

「はい、はい」

カーボロはごつい縮みほうれん草とみせかけて、深緑色のキャベツ。長い芯のお尻の方を持って、もう片手で下にびっと引くと葉の部分だけ取れるのでそれを食う。なかなか美味しい。


 『食料庫』の日本産キャベツと絶賛交配中。日本のキャベツも流通させたいので、頑張っている。


 種や苗さえできれば、ナルアディードの商人たちが、しかるべきところで増やしてくれるはず……っ! ナルアディードの商人って言っても、あちこちの国から集まってるからね。


 売り込む先を間違わないようしないと。本国に持ち帰ったはいいが、気候が合わなくってできないなんてことにならないように。まあその辺の調査はソレイユにお任せだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る