第70話 魔法陣
畑には精霊のお手本になるかもと、隣に食料庫の野菜を植えて終了。
そういうわけで魔法陣制作! 回復薬作りの道具を退けて、机の上を広くする。まずはインク作り。
魔力を注ぎながら所定の薬草や鉱物をゴリゴリ潰し、ここでも精霊の遊んだ水で溶いてゆく。
まずは小さいやつから。コンパスについている
烏口は均一な線を引くための描画用具。直にインク壷や皿に入れるのではなく、インクを含ませた細い筆を烏口の刃の内側に軽くあてて注入する。ちょっと面倒だがきれいな線が描ける。
精霊召喚用の道具は普通に専門店があった。もちろん庶民向けではなく、お高いし、店の数も少ない。
地面に書く場合は二本の棒に紐をつけるのだが、この棒切れが装飾されていてやたら高かった。その辺の棒でいいじゃないか、真っ直ぐなら。絶対精霊の趣味じゃなくって、使うやつの趣味だな。まあ、大きいやつを描くのはまだ先なのでいいけど。
本を読んで、もう一方の本にある図を組み合わせて描いてゆく。なお、手順や希望をぶつぶつ独り言で呟きながら作業をしているが、これは描きながら精霊を
うーん、喚び出すのは何系の精霊にしようかな?
「地」
ずぼっと描きかけの魔法陣に茶色にピンクの小花を咲かせた服の精霊が現れる。
「水」
魔法陣の上では茶色の精霊に変わって、水色で半透明なグミみたいな質感の精霊がポーズをとる。
「火」
小さなトカゲがガソリンでできた導火線が燃えるみたいに魔法陣の上を走る。
「机を突き抜けて出てくるのやめろ。まだ描き終わってない」
せっかく途中まで描いた紙がダメになるのは困るので、机の下で順番待ちをしている精霊を追い出す。
「うーん。ここは氷かな?」
ズボッと椅子に座った膝の間からリシュが顔を出す。
「そういえばリシュは氷と闇だったな」
顔を出したリシュを両手で挟むようにわしわしとなでる。
「後で鍋を冷やしてもらってもいいか?」
俺の言葉にパタパタと尻尾をふるリシュ。椅子の左右から尻尾の先だけ見えたり隠れたりしている
アイスクリームを作るために、容器を冷やしてもらおう。できるかな?
「畑を作ったし、豊穣かな」
魔法陣に最後の記号を書き入れる。豊穣は食糧事情が天候に左右されやすく、飢饉になりやすいこの世界ではよく望まれるのだろう、ちゃんと単独の記号がある。
描き終えて、魔力を流す。まだ乾ききらないインクが薄く光ったかと思うと、机の上にパルが正座していた。
「私はパル。大地と実りを司る」
「いや、知っているけれど……」
いたずら参加なのか? それとも成功したのか? どっちだ!? 反応に困るんですけど。
「インクがよくないんじゃないか?」
手が伸びてきてパルの下の魔法陣が抜き取られる。
手の引っ込んだ先を見ると、ヴァンがいた。健康的に日焼けした
「本の手順通り作ったのですが」
「では本が間違えているのだろう」
ルゥーディルが言う。気配がなかったよ!
「ふむ、これでは既に契約したものを近くに呼ぶ程度だ」
こちらもいつの間にかインク壺を手にとって中を確認しているカダル。
ルゥーディルが司るのは大地と静寂、魔法。カダルは緑と魔法、秩序。――インクが合っていないでファイナルアンサー。採点されてる気分です。
「ふふ。ジンは色々楽しそうでいいわ。見ているこっちも楽しくなる」
ミシュトが柔らかく笑いながら覗き込んでくる。
「精霊のことなら僕たちに聞けばいいのに」
イシュが無表情なまま顔を傾げる。
「え、教えてくれるんですか?」
ここに来る前に少しの間指導はしてもらったけれど、アフターケアがあるとは思わなかった。
「ここは細かい精霊がたくさんいて心地がよいの」
ハラルファが艶やかに笑う。
ハラルファが言う細かい精霊は、蛍の飛ぶ光よりも淡く小さなもの。簡単に消費されいなくなる。朝に生まれ、夕べにには消えてしまうような淡い存在だ。
くっついてちょっと大きな精霊に育ったりもするが、大抵は
「よし、ちょっと手合わせしてやろう。座ってるばかりじゃ退屈だろ?」
いえ、ヴァン。俺はやり始めると熱中するタイプなので――などと言えるわけはなくおとなしく庭に引きずられていく。
やたら楽しそうに俺の首の後ろを持って移動するのはなぜだ。普通に庭に行こうと言ってくれたら自分で歩くんですよ? 剣の指導もありがたいし。
引きずられながらカダルたちを見れば、俺が手に入れた本をチェックしていたり、もらった時と変わった家の場所を見て回っている。パルはいつの間にか庭に出て、植えた草木を愛でていた。
精霊って自由だな。
引きずられながらついてきたリシュの頭をなでる俺。
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