第71話 稽古
「動きが悪くなっている」
「え」
何ですと? ヴァンの足元にも及ばないが、ディーンやアッシュ、執事の真似で色々取り入れて強くなったつもりなんですが。
何度目かの打ち合いの後、言われた言葉に疑問が渦巻く。打ち合いと言っても、俺が打ち掛かっていってヴァンにいなされるかんじで強さに彼我の差がある。その証拠にヴァンは一歩も動いていない。
「動きの統制がとれていない、ちぐはぐだな」
「う」
思わず視線をそらす。
身体能力を生かして、良さそうな動きを真似ていたのだが統合されておらず、自分のものになっていないということか。とても心当たりがある。
上半身と下半身で違う動きしてたらやだな。そして、小手先の技術ではヴァンには通じない。
「お前の剣のイメージはどうした? まだ最初の方がマシだ」
「俺のイメージ……」
俺のイメージはあれです、ファンタジーか時代劇なんです。平和な場所から来たもので。
前者は姉に映画に付き合わされ、後者は祖母が生きていた幼い頃は一緒に見ていた。
手の中の『斬全剣』に目を落とす。印象深いのは時代劇のほうだが、これはRPGの勇者の剣風だ。
「なるほど、剣が違うか。どれ」
ヴァンの言葉とともに『斬全剣』が姿を変える。そう『斬全剣』から『斬◯剣』に。待って待って、せめて普通の日本刀――いや、もうちょっとファンタジーにしてくれ!
斬鉄剣は普通に良く切れる刀の代名詞だけど、白木の鞘と柄が揃うとまずい。いや、この世界では問題ないのかもしれんが。
結果、『斬全剣』は
総合評価、格好いい。
勇者たちに見られると嫌だなとか、普段は刀が息ができないから白木の鞘を用意しなきゃいけないんじゃないかとか、色々脳裏によぎったりもしたが、格好いいものは格好いい。
「珍しい型だな」
「ああ、俺の故郷の剣です」
テンション上げたまま仕切り直し。
速く動くならばつま先は両足とも前を向けて。
剣に乗せる力を優先するなら片足は斜めに。
刀を腰に引き付けて、左手で
腰にひきつけた状態で左手でちょっと捻って、右手で抜き放つ。慣れないと鞘の中を削ってしまい、刀に傷がつくのでやってはいけないらしいけど。
遠慮なくヴァンに斬りかかる。俺がどうこうできる相手ではないし、『斬全剣』も全てが斬れるといいながら、作った者の力は超えられない。人間界の大抵のものは斬れることは間違いないのだが、ヴァンの剣を斬ることはできないのだ。
たぶんヴァン自身も。俺がヴァンより強くなればスパッといくんだろうけど。
弧を描く切っ先、刀の長さを覚える。
真っ直ぐに空気を裂く切っ先、刀の重さを覚える。
こっちの方が楽しい。剣のイメージがファンタジー映画だと思っていた自分の考えを訂正する、たぶん俺はRPGのあの画面で一歩前に出て振り下ろされるモーションのイメージが一番強い。それか派手なエフェクトの何しているかわからないやつ。
道理で動くイメージがつかないはずだ。
「先ほどよりだいぶいい」
ヴァンに褒められてちょっと嬉しい。
息が上がったところで、ヴァンに礼を言って稽古を終了。寄ってきたリシュをなでて家の中に戻る。
棚の葡萄にはよく見るともう芽が出ているが、まだ肌寒い季節。なのに暑い、久々に運動した気分だ。――あれ、まさか身体能力上がった分、むちゃくちゃ運動しないと筋肉つかない?
突然浮かび上がった不安を払いつつ、顔を洗う。牛乳飲もう、牛乳。
「お疲れ様」
「ヴァン相手に頑張るのぅ」
ミシュトとハラルファ、稽古の後は美少女と美女の労りというご褒美。
「この本はやはり解釈を間違えておる」
カダルが件の本を指して言う。
「七日後、テルミストの寺院に行くがいい。そなたの望む本が手に入るよう手配しておこう」
ルゥーディルの指定したテルミストはカヴィル半島より南にある島の名前だ。
「ありがとうございます」
七日で金を貯めねばならない気配!
「私はちょっと手伝うから、畑で作物が実ったら料理を食べさせてほしいねぇ」
パルがニコニコとこちらを見る。
「僕も」
相変わらず陶器の人形のように無表情なイシュ。
「味がしないのでは?」
特定の食べ物以外は無味だと聞いたはず。
「僕たちが味を感じる物は、執着と興味を持った物。ここの作物は十分興味深い」
パンと塩からサラダへ進化の気配!!
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