第162話 雫

「……アッシュ様が庭に秘密基地をお造りになられた時のことを思い出します」

「む……?」

執事が遠い目をしていいだしたことに、自分の名前を聞いてアッシュがプリンをすくう手を止める。


「アッシュもそんなことしてたんだ?」

だいぶ幼い頃から騎士にするために、剣の稽古やら戦術の勉強やら詰め込まれてたって聞いたけど、遊びも男の子っぽいな。


「すまぬ、覚えがない」

「七歳のみぎりの話でございますので」


 ……。


「ああ。うちのエンとバクもこんな感じだなそういえば」

「秘密にできない秘密か」


 生暖かい目でみるのはやめろ!!


「秘密基地って大抵建ってちゃまずいところにあって大人に取り壊されちゃうんだよな」

「俺は手伝ったけど?」

頬杖をつきながら言うレッツェに反論するディノッソ。


 そういえば、ディノッソ家の近くの森というか林にツリーハウスあったっけな。子どもたちのちっとも秘密じゃない遊び場といざという時の家出先だ。


「わかった。この話はなし! 内緒じゃなくなるからダメ」

「お前、今更か!」

「秘密が秘密のままにできるのが大人ってもんだな」


 レッツェの言葉で言うなら日本にいた時俺は大人だったってことか? なんだろう、あんまり嬉しくないな。


「それはそれとして、私の知っていることでジーンの知りたいことを教えよう。私で役に立てるのであればうれしい」

アッシュがそう言ってこちらを見る。


「じゃあ、毎週のご飯の後にでも少し時間を取ってくれるか?」

「ああ」

勉強会、執事は追い出していいだろうか? 執事を見るといつもの笑顔。


「内緒なら内緒でいいけど、どうしようもなくなる前におとなしく相談しろよ?」

「どこで何をしてるのか知らねぇが、逃げ込める先はつくっとけよ」

ディノッソとレッツェもそれぞれ気にかけてくれているようだ。


「それにしてもここは食堂のようになりましたな」

「改装しすぎじゃないか?」

「客室つくったけど、泊めるほど遠くで親しいやつっていないなあって」

漠然と友達できたら、って思ってたが全部密集したので。


 シンプルな机に椅子、焼肉とかお好み焼きとかしたかったので、机の真ん中に外れる蓋が付いてて中に七輪を入れられるようにした。


 今は大福が机の真ん中にどーんといる。こねていいですか? ダメですか、そうですか。尻尾をぱしぱしと打ち付けるのを見て、伸ばした手を引っ込める俺。


「また猫がいるのか?」

「うん」

レッツェに聞かれて頷く俺。


「見えねぇの不便だな」

「いや、これが普通だし。ガキの頃ならともかく、特に不満はねぇよ」

ディノッソの一言をレッツェが否定する。


「誰か来たようだぞ」

「クリスの声か?」

ディノッソの言うように家の前で訪う声がする。


「おお、アッシュとノート殿も一緒とは都合がいい。相談があるのだよ」

やっぱり声の主はクリスだった。


 とりあえず二階に招き入れて、蜂蜜酒を出す俺。クリスはハーブの味付けは控えめな甘いものを好む。


「どのようなご相談でしょうか?」

落ち着いたところでノートが聞く。


「まず、弟がこの街に来て、先ほどギルドで会ってしまった」

「兄弟いたんだ?」

よく考えればこの世界、一人っ子というほうが珍しい。あまり衛生状況もよろしくないので、何人が無事大人になるかわからないからだ。


「うむ、我が弟ながらできたやつなのだが、できすぎて少々疑い深い。引っかかったことは納得するまで調べるタイプなのだよ」


「うわ、面倒くさい!」

「それで何度も色々な人を助けてはいるのだがね、私もジーンには近づけたくないよ」


「相談とは弟君のことですか……」

「ひと月ほど部屋を貸して欲しいそうなのだ。私が断るのは怪しまれること請け合いなので、ノート殿の方で断る口実を考えていただきたい。短期には貸さないとかでも良いと思う」


「重ねて面倒くさい」

「ひと月で帰るのは確定なのか? てか何で来たんだ?」

レッツェが突っ込む。


「ナッソスの神殿というのを知っているかい?」

「ああ、北の湿地帯にあった神殿だろう? 火の神を祀っていたが、風の神の世になる少し前に放棄されたとか聞いたな」

ディノッソが答える。


「泥炭の湿地帯か?」

なんかみんなで調査に行った後くらいに、見学に行ったことがある気がする。


 湿地に火の神殿というのを不思議に思って行って、湿地が泥炭になってたのを見て納得した記憶。泥炭は石炭よりは弱いものの乾くとよく燃えるのだ。


「その神殿の跡なのだが、まだ精霊が健在だとの噂を聞いて、弟が行ったらしいのだよ。そして精霊はいたのだが、雫を誰かに渡した後だったらしく2年は生み出すことができないそうでね」

「2年間暇になったのか」

ディノッソが身も蓋もないことを言う。


「そういうことだ」


 ……。


「雫って特別なのか?」

「神レベルの精霊の雫は持っているだけですごいことだね」

精霊の雫は魔石と基本は一緒、精霊の力が凝った石だ。


 当たり外れのある魔石と違って、精霊の雫は透明度が高く美しい。魔石と違って人に対する悪意のようなものは含まれておらず、護符として宝飾品に使われる。


 魔石も護符にはできるけど、呪術に使ったほうが力を発揮する。綺麗なものが宝石と呼ばれるのは、普通の鉱物と同じ。だけど魔石は綺麗じゃないものも魔法陣を起動するときの魔力の元として使われたり、利用価値が高くお高い。


「力づくで奪えないものだからね、騎士が主人を探すときに持っていると評価されるものなのだよ」

そういえばクリスも主人探しの騎士だったような……。


「弟君は騎士を目指しておいでですか。それなりの大きさの魔石と精霊の雫が揃えば良きところを選ぶことができますな」


 こっちの騎士は自分の国でほぼ世襲でそのまま仕える騎士と、主人探して三千里……自分で仕えるべき主人を探す騎士がいる。後者は名を上げるために魔物を討伐したり、武術大会に出たりと色々忙しい。


 無名の騎士を金を払って雇い入れるのは戦争してるような場所だけだから、いい条件で雇われるために名をあげるのは必須だ。


 ……で、その名を上げるために持っているといいものが精霊の雫だと。


「ひと月ほどこちらに滞在し、あちこち見聞を広げながら戻るそうだ。それでちょうど雫がいただけるほどの時間が経つ、だからひと月というのは確定なのだよ」

紛争が絶えない中原を迂回して帰るにも、突っ切って帰るにも一年以上はかかる。


「短期の滞在をお断りいたしても、クリス様のところには訪れそうでございますね」

難しい顔をする執事。


「すまない。少々高いが最近の流行りだと言って、あの家を真似た宿屋に案内しておいたので、私の部屋を見て怪しまれるようなことはないと思うのだが」

しゅんとするクリス。


「部屋を貸してやったらどうだ? ひと月だし、アッシュの方には問題はないんだろう?」

「――いいのかね?」

「うん。ひと月留守にしてる」


 だってどう考えても雫もらったの俺なんだもん。

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