第163話 鉄板

 しばらく一緒に飯を食えないので、ディーンを呼んで二階の食堂を披露。


「ああ、ジーンのパンがしばらく食えないのか……」

がっくりしてるディーン。


「ディーンならパンより肉だと思ってたけど」

「肉も好きだけど、ジーンのパン食ってからはパンとチーズで飲むのが好きになった」

思いの外気に入ってくれていたようでちょっと嬉しい。


「商業ギルドに時々薬を売りに行くからその時ノートに……」

「それ食って一ヶ月経っても帰らなくなるやつな」

パンを預ける、と言い切る前にレッツェに止められる。


「しばらくは私がパンを焼きましょう。――一ヶ月の辛抱でございます」

ノートは料理を再現しようとしているが、腕の問題ではなくそもそも材料が違うからなあ。


「とりあえずたくさん食え」

パンを切って籠に山盛り、小皿にオリーブオイルとバター、小瓶にラズベリーのジャム。


 執事がワインを樽からデキャンタに移して机に置く間、俺は机の天板を外す。


「なんだこりゃ」

「鉄板焼き準備」

「うん?」

不思議そうな顔の面々。レッツェは構造を調べそうな勢い。


 炭火焼焼肉屋のように、中に七輪を設置してある。炭は暖炉から程よいやつを入れるだけだけど。


「はいはい、これ混ぜてこうやって焼いてな」

鉄板が焼けたところで、丸くボウルの中身を落として見せて、二つお好み焼きの元が入ったボウルを渡す。一人一個じゃ多いからね。


「こうだろうか?」

すごく神妙な顔をして混ぜている面々が面白い。アッシュは眉間のシワがですね……。そんなに真面目にやらんでもいいんだけど。


 あと執事がアッシュに調理をさせるというのに抵抗がある模様。そこは考えてなかった。


 慣れたら全部やってもらうつもりだが、今回は適当に焼けたところで豚バラ肉を乗せて回ったりと結構忙しい。


 お好み焼きを焼いている間に旬の最後のアスパラガスを窯で焼いて、マヨネーズとゆで卵を崩したやつをかけたものを出す。


「おお、俺このマヨネーズ好き」

ディノッソがご機嫌。作り方は簡単なんだが、こっちは卵にサルモネラさんがね? 殺菌するために酢を多めにしないと怖いので、俺が作るのと同じ味にはならないのだ。


 半熟卵とかばんばん使ってるが、俺はちゃんと【鑑定】してる。その前に家の庭の範囲に体に悪い菌はいないんだけどな。


 スープはトリッパと豆をトマトソースで煮込んだもの。トリッパは牛のハチノス、表面の黒い皮をのぞいたりなかなか下処理が面倒なのだが、ちゃんとやればその分臭みもなく美味しく仕上がる。


「肉もあるから」

ティーボーンの分厚い肉が暖炉に入れてある。


 机に焼肉用の網も用意したんだけど、薄い肉より塊の方が好きそうだから出番なさそう。いや、そのうち魚介のバーベキューやろう。ホタテにバターとしょうゆは正義。


「お? これうまい」

ソース味の炭水化物はディノッソに合う模様。


「オムレツともパンケーキとも違うな? 外がカリっとしててふわふわしてる」

レッツェがちょっと不思議そう。はい、反則して山芋が混ぜてあります。


 こっちのオムレツはいわゆるスパニッシュオムレツで、中に具材を入れた卵焼きの形状のものだ。


「ああもう、この変わった料理がしばらく食えないかと思うと」

ディーンはアッシュの分までお好み焼きをワインで流し込んでいる。アッシュは甘いもの食べた後だから、お好み焼きはちょっとだけ。


 クリスとディーン以外は俺も含めておつまみ食ってるんだけど、幸いなことに全員健啖家でよく食べる。


「クリスの弟ってやっぱり似てるのか?」

主に顎とか。


「私は父と母、両方に似たけれど、彼は母似だね」

「上半分そっくりだったな」

ディーンが言う。


 上半分? と言うことは顎は無事か。いや、こっちでは硬いもの食べるせいか割れてる人多いし、それがどうこうではないんだけど。顎の割れ目精霊がね?


「二人とも出てしまって家は?」

「下にさらに弟が二人いて、一番下の弟が継ぐ。一番下は少々病弱だけれど、父が健在だからね。二番目の弟は上が父に、下が母に似て、一番下は父似なのだよ」


 いや、待て。そんな半分ずつ綺麗に遺伝が出てるのか? あと父に似た顔が病弱なの? ちょっと弟君を見てみたくなった。


「今回来た弟は一番騎士らしい性格をしているかな。真面目で一本気、いいことだけれど、秘密というものに理解もなくロマンも感じない人種でね」


 秘密という言葉に全員が俺に視線を向ける。はい、現在たぶんロマンがいっぱい詰まってます。


「ナッソスの神殿に行くってことは、楽をしようってタイプじゃなさそうだし、宮仕えにはいいかもな」

ディノッソが言う。


「ナッソスの神殿はそんなに面倒なところですか?」

ディーンが聞く。


「湿地帯の真ん中だからな。小舟で途中まではいけるが、二日以上歩く。横になって寝られるほどの場所はないし、乗ると沈む浮島だったりな。途中に出る魚の魔物も水中から飛んでくるから」

そう言って手をひらひらとさせるディノッソ。


 【転移】して家に帰って寝ててすみません、絶賛目をそらす俺の姿。


 弟君、改めリードと執事の顔合わせは明日の午前中のうちってことで、一旦解散。ディーンはもう少し飲んでいくの希望で、レッツェも付き合って残った。


「二日酔いは初対面の印象が悪くならないか?」

「いーの!」

明日、リードと会うだろうに。


 時々食材持ってきたり金を置いてったり律儀にするし、何より美味そうに食ってくれるので食わせ甲斐があっていいんだけど。


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