第314話 捕獲完了

 執務室の扉を開けると、大きな窓を背にソレイユが微笑んで出迎える。


「……」

が、急に表情を失ってよろよろと歩き、革張りの椅子にストンっと座り込む。


「普通、普通の人を連れてくるって言っていたのに。いえ、この人の普通が普通じゃないってことを忘れて期待した私が悪い……」

机に両肘をついて手を組み、顔を隠してぶつぶつと。


「ソレイユ様……。お客様が困惑されています」

ファラミアが控えめにソレイユに声をかける。


「……失礼いたしました。パウロル=ヘインズ様、初めましてソレイユと申します。この度この島にいらしたのは、『精霊の枝』の管理を考えてくださっていると思っても?」

立ち上がったソレイユの顔が営業スマイルになっている。


 そしてお爺さんのフルネームはパウロル=ヘインズというのか。ちゃんと姓があったんだな。


「お初にお目にかかります、ソレイユ様。お噂はかねがね――此度こたびはニイ殿にお連れいただいたが、後日こちらに伺う予定だったのも事実。ただ、信仰を失い一度仕えた場所を捨てた自分に、枝の管理者たる資格があるかどうか……」

お爺さん、面接はやる気をアピールしないと!


「パウロル様に資格がないと言うならば、ほとんどの方が管理者になれません」

ソレイユの言葉に黙礼するお爺さん。


「こちらの枝は大変個性的のようですが、周囲のどのような行動を望み、どのような恵をもたらすものでしょう?」

「清潔を望み、精霊を呼び込む――詳しくお教えする前に契約を。寄進は『精霊の枝』の修繕管理に回しますが、四割はパウロル様へ。他に月々決まった額をお届けいたします。人を雇うのはその中でやりくりをお願いいたします。細かくはこちらの書類に」

ソレイユが座るように勧めながら、簡潔な説明をする。


「四割というのは多い。精霊の水についても自由にして良いとある――独立した神殿ならばともかく、枝が本物ならば街の持ち物。領主に帰属するのでは?」

書類に目を走らせながらお爺さんが言う。


 ごめん。『精霊の枝』の安定した収入源の水、城に近い水路で汲んでも多分効果は変わらない。


「入島制限をしております。正直に言って、他の街やナルアディードのような収入は見込めません。この環境ですので質素とは申し上げませんけれど――パウロル様がいらしてくださるのならば、一割増やして良いくらいです」

ソレイユが笑顔で告げる。


 いつの間にか用意されたお茶を前に、おじいさんとオルランド君が書類や条件の確認をする。そしてソレイユが華麗に枝の真実をごまかしている。


 俺はそれを聞きながら、茶を飲んで見守る。アウロとキールが真面目な顔で扉の前に立っているのが微妙におかしい。 


「お連れの方も連れてこられるのであればご一緒に」

そして契約書サインの時、ファラミアが机に契約書を用意し下がる。


 条件に納得したお爺さんが契約書にサインをし、その下にオルランド君も記入する。


「よし! 確保!」

ガッツポーズをする俺。


「は?」

オルランド君が間抜けな声を漏らす。


 いつの間に近づいたのか、二人のサイン済みの書類と筆記具を俺の前に置くアウロ。


「え!?」

目を剥いて俺を見るオルランド君。


「契約の相手はソレイユ様ではなくニイ殿か? 要職についておられるとは思っていたが、代官か、家令か……」

「な、な! 領主がここにいるというのに、契約相手が別とは、ヘインズ様に対してなんという無礼!」

ぷりぷりしているオルランド君。


「いえ、契約者は確かにこの島の領主。我が君になります」

にこやかに告げるアウロ。


「悪いな、フラフラしてるけど俺が領主のソレイユ=ニイだ。あれ、ニイ=ソレイユだっけ?」

「お前、後から姓をつけたからと言って、いい加減すぎだろう」

今まで部屋の中の人に敬意を払ってますよ〜みたいな顔で立っていたキールが言う。


「私は領主代理として普段は表に立っていますが、あくまで運営だけ。精霊の枝を含めて、この島のものはニイ様のもの。ここには多数のチェンジリングがいますが、それも契約者はニイ様です」

ため息交じりにソレイユが説明する。


「はあああああああ!? だって、そんな話は聞こえてきませんよ。どんな情報規制をしているんですか!」

オルランド君が叫ぶ。


「代理であることは契約もあるし、明示してるのよ? でも否定してもなんでか、私が領主という認識にすぐ戻るのよ! 同じ名前で間違えやすいのは分かるけれど、商業ギルドや海運ギルドのギルド長までよ!? おかしいでしょう!?」

ソレイユが叫ぶ。


 一緒に叫ぶ要員、早速仕事してる。


「あ、さっきの精霊の枝の守るべき望みだけど、特にないから。ついでに街に及ぼす効果も精霊寄せしかない。魔物避けもないからよろしく」

サインを終えた契約書をアウロに渡しながら言う俺。


「は!? おかしいでしょう! そんな枝、あるわけがない。どこの国からもらって来たんですか!」

「そんな枝もある。諦めろ」

エキサイトするオルランド君をなだめる俺。


「何のための枝ですか!」

「神殿避けの飾り」

「そんなわけないでしょう!」


「……ああ、すごく普通の意見」

何か感動して涙ぐんでいるソレイユ。


 満足していただけたようで何よりです。だがちょっとうるさい。

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