第37話 冬の間はサボります

 朝の散歩を終えて、リシュをわしわししながら考える。


 日本にいたときは姉の妨害が多くて幼い頃は学校での友達しかいなかった。無視はされないけど休みや放課後遊ぶ友達はいない感じ。


 高校は多少マシだったが、姉が両親を介して邪魔をして来たため、やっぱり友達は少なかったように思う。姉に感化された友達からは俺の方から離れたし、姉の存在が面倒だと離れていった友達もいた。


 いやこれ友達未満か。友人と呼べる奴は片手に満たないくらいしかいないな。そいつらもこっちから求めれば助けてくれるけど、そうでなければ去る者は追わずで俺が居なくなっても心配なんかしないドライな奴らだ。


 こっちでの生活が落ち着いてきたので友達が欲しい俺だ。いまのところ一番親しいのはディノッソ家のおっさん、妻子持ち。家庭があるし、立地的に借家に呼ぶの無理だから手土産持って俺が行く一方だ。手土産のおかげで奧さんと子供にも大人気だけど。


 カヌムでの知り合いは今のところ、ディーンとアッシュ、レッツェ。あと商業ギルドの受付の女性ディアナさん。――ディアナさんとはどうも友達という雰囲気にはならない。油断すると婿がねにされそうで怖い。レッツェはだいぶ年上。


 ディーンは妹が付属。


 アッシュはお家騒動と執事が付属。


 俺の狭い世界、普通が少ないぞ? 俺も人のこと言えないけど。なろうと思ってなるもんじゃなし、とりあえず淡く交流を続けてみよう。二人とも剣のお手本によさそうだし。


 ちゃんと買い物して交流を心がければ知り合いが増えるかな? 家で事足りるもんだから町で買い物をしてないことが、世間が狭い理由な気がする。


 人間関係は狭いけど、買い物の範囲は広い。


 そういうわけで、海だ。港町だ。魚介だ。


 この国の海岸線が続く隣は姉たちのいる国なので、情報収拾も少々。神々の話だと魔法を好き放題ぶっ放してるらしいので、国を超えて噂になっていないかと。噂がなければ、他に影響がないってことだから安心できるし。


 他の精霊の勇者には他の精霊からは接触できない決まりらしく、光の玉たまに説教をしたらしいのだが、暖簾に腕押しっぽい。


 未だに考えなしに魔法をぶっ放し放題してるなら、多分そろそろ魔の森に影響があると思うんだよな。


ここは島に町の主要部分があって、橋が架かった大陸側にも島からはみ出るように町が広がっている。島には大きな帆船が入る港があり、他国と貿易を行っている。


 大陸側は地元の漁船が桟橋さんばしにたくさん舫われているが、大きな船が停泊できるような場所はない。突き出た島まで浅瀬が続くから物理的に入ってこれないのだ。


島の方は警備がきついが、大陸側は金を払えば出入り自由だ。商人や水主かこの出入りが多い。


 朝市は活気にあふれ、威勢のいい声が飛び交う。いいものを安く買いたい買い手と、鮮度のいいうちに高く売りたい売り手。おこぼれを狙う猫たちと海鳥。樽に入れられ塩漬けにされるたら


 早いよ! もう塩漬けなのか! 


 新鮮なカタクチイワシ、マイワシ、牡蠣。手長海老、ロブスター。ここではあっという間に塩漬けや、塩ゆでにされてしまう。新鮮なうちに加工や保存をしてしまい、市場で売るのはもちろん、あちこちに運ばれる。


 売ってるのは漁師の奥さんが多く、子供が手伝っていることもある。さて、どうやって噂話を聞き出せばいいのかな? 「最近お隣の国の様子はどう?」でいいのか? 


 いやその前にこっちの人って自分の住んでる国どころか町にしか興味がない人がほとんどなんだよな。国をまたいでの商売人なんて極わずかだし、しかもそういう商人は貴族同士の自慢の種になるような商品を扱う店が多い。


 島の外の町ここで国をまたいで流れて行くのって塩鱈と塩くらい?


「またシュルムの奴らこっちの漁場荒らしたって?」

おっと、悩んでたら向こうから話題が。恰幅のいい露店のおばちゃんと、知り合いらしい日に焼けた男が話している。シュルム――シュルムトゥス王国というのが姉のいる国だ。


「ああ、うちのも小競り合いで怪我して帰ってきたよ。なんでも勇者だか聖女だかがいるってんで強気らしいね」

「勇者、聖女つっても俺らにゃ恩恵ないしな。それどころか面倒ごとの原因だぜ」

「自分の国の人間にはお優しいんだろうよ。まあ、魔王が出るかもしれないし、そしたらアタシらも世話になるかもしれないよ」


「あだだだだだ」


 魚を吟味するふりして聞いてたら、スリがですね……。ディーンやレッツェのように観察して警戒して気配を探るのができない俺は【探索】の常時発動を練習中。スキルを発動してると、他が疎かになったりするから結構大変。


 腕をねじり上げる方向とか知らないので力任せに手首をこれでもかってほど握っているのだが、相手の骨がミシミシいってる気がする。


 スリはあんまり数が多すぎて、衛兵だか警備兵も本気で捕まえようとしないし、騒ぎにもならない。住人にとっても日常茶飯事で、スラれるやつがぼーっとしてるから悪いとさえ言われるくらい。


 強盗やかっぱらいなどは、住人に袋叩きにされたりもするけど、スリはどうも相手に気づかれずに仕事をするぬすむ技術が賞賛され、捕まえても一発殴って放免ということが多い。


 なので俺も郷に入っては郷に従えで、痛みに耐えかねて財布からスリの指が離れたところで蹴りとばして終了。蹴り飛ばされたスリは顔を隠して悪態をつく間も無く逃げ出す。この市場しごとばで顔が割れたら次の仕事がし辛いからだ。


 せっかく聞いていた噂話が終わってしまったので、こちらも退散。どうも姉の魔法の使いたい放題は未だ止まず、精霊を使い潰している気配だ。


 こっちの世界の魔王は人の王と同じく一人ではない。人が魔物を魔王と呼ぶ基準は、精霊の色が表に出たツノありであること。強くなるとあの目の周りの黒いものが全身に広がり切った後、今度は憑いた精霊の色が現れ姿も変わる。精霊のほうに近くなるか、憑いたものの姿に近くなるかはわからない。


 人をいとうことはなはだしい。


 まあ、姉に使い潰されかかった精霊が逃げて動物に憑いたら魔物化するだろうし、強力な魔法は強力な精霊を使うか精霊をたくさん使うかするから、アホみたいに魔王も魔物も量産されるんじゃないかと。


 聖獣と呼ばれる存在より、魔物のほうが遥かに多いのは気まぐれに取り憑くだけでなく、人間のせいで弱った精霊が力が抜けてゆくのを防ぐために動物いれものに入るからだそうだ。


 神々情報なので確かなはず。


 俺がこの世界で暮らし始めて数ヶ月。東西南北、魔物なかまのいる辺境に、精霊が移動するには十分な時間が経った。


 寒いからまだ森にはいかないけどね!

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