第38話 だから俺は牛乳を飲む

 さて、牡蠣かきだ。【鑑定】してノロウィルスがいないものを選んで買ってきた。こっちでは生食などしないだろうから問題ないんだろうけど、俺は生で食べる気まんまんだ。


 他に小さいけど脂ののったマイワシとかカタクチイワシを加工用に少々。『食料庫』にもあるけど、旬のものが目の前にあったら買いたくなってしまった。


 ブラシで殻を洗い、汚れを落とす。軍手が欲しい、軍手が。


 薄い牡蠣きナイフなんかないので、短いナイフを蝶番に差し込んでぐりっと隙間に沿って上に持ってゆく。ちょっと力がいるが今の俺なら問題ない。当然養殖じゃないので、ゴカイとかがこんにちわしても嫌なので、塩水で少々洗って滑りやゴミを取る。


 レモンを絞ってつるんと、美味しい。ポン酢と紅葉おろし、美味しい。


 ウニと白味噌、みりん、マヨネーズ少々を混ぜたものを用意。焼き牡蠣、焼き牡蠣。あれ、これ上をあぶるのどうしたらいいんだ?


 ……。


 牡蠣を並べて石をかませて網を置き、上に赤々と燃える炭を乗せました。ウニ味噌が焼けるいい匂い。味噌は焼きたいけど、牡蠣は生でいけるやつだし半生はんなま、半生。


 残りはスモークしてオイル漬け。殻はあとで焼いて粉にしてホウレンソウ畑の予定地に撒こう。 


 朝っぱらから牡蠣でお腹をいっぱいにし、殻を剥いてオイル漬けも作った。まだイワシの処理が残っているけど、【収納】してあることをいいことに、ちょっとリシュと一緒に庭に降り積もる雪を見ながらだらだら。ごろごろ用に寝椅子か失神ソファを作ろうかな。


 借家に転移。


 出るのはいつも三階だが、下に降りるとものすごく寒い! 火の気が無いんだから当たり前なんだが、寒すぎだ。


 慌てて竃に火を入れる。ついでに作業場のほうの暖炉にも火を入れて湯を沸かし、イワシを捌き始める。本当は水を流すのが大変だから井戸端でやるべきなんだろうけど、寒いので水は家から【収納】してきた。


 欲しい時に欲しい量を出して水道代わりにするチートっぷり。流しもホーローにしたいなこれ。


 借家のいいところはトイレの穴から生ゴミをぼっとんできるところ。家の庭に穴を掘って生ゴミを土にする場所を作る予定なんだけど、それは暖かくなってからにする。見知らぬ誰かに食べられる豚くんよ、たくさんお食べ。


 アンチョビとオイルサーディン。オイルサーディンもオリーブオイルに漬け込む前に、塩水につけて一、二時間寝かせてから漬けると美味しくなる。タイム、ローズマリー、ローリエ、にんにく、唐辛子の量はお好みで。


 アンチョビはとりあえず塩漬け。こっちは発酵食なので、出来上がるのはまだまだ先だ。


 手が魚臭くなったのでよく洗い、台所も掃除する。窓を開けて、寒いので作業場へ――いや、家に撤退。


 駆けてきたリシュが納得いかない顔をして指先の匂いを嗅ぎ始める。一歩あとずさってこちらを見上げるリシュをなで転がし、ちょっと遊ぶ。暖かい部屋に来たら冷えた指先がぴりぴりする。


 出かける前に用意していた水炊きで昼を済ます。夜はこの残りの汁でうどんを作ろう。コーヒーを淹れて、約束の時間までくつろぐ。午後は陶器屋と鋳物屋に頼んでいた物を取りにゆく予定だ。


 鋳物は粘土の混ざった砂と、砂を入れる枠を用意して、作りたい物の型を取ってその空洞部分に溶けた金属を流し込む、冷やし固めて型を取り払えば望んだ形の金属製品が出来上がる。


 まあ、そこから形を整えないといけないけど、そんな感じだ。


 鍛治作業もやりたいのだが、家でするのは風車小屋をもう一個作ってからかな。粉を挽くたべものの隣で、鉄を叩いたり削ったりしたくない。


 今はせっせと素材を集めている。黄銅――真鍮しんちゅうがあったのでカンテラやランプは真鍮でいいかなと思っている。真鍮は銅と亜鉛の合金で、身近なところでは五円玉がそうだ。


 白色雁のクッションも高く売れたし、商業ギルドに登録した構造物の手数料的なものも思ったより多い。おかげさまで冬の間に寒い思いをして狩りに行く必要もない。


 暖炉のそばでオリーブの枝と葦の茎なんかで篭を編むくらい? あとは下着やら靴下やらを縫ったり編んだりもしているが。



 工房を訪ねると、バスタブとトイレの便座のほうはだいぶ順調なようだ。俺が最初に尋ねた工房だけでなく、町全体が好景気にわいている。無理を通そうとする貴族の相手で、納期を短縮するために町のほかの工房にも仕事を回すことになったようだ。


 俺としては流行りに沿って手広くやりすぎると、流行がさった時に怖いと思うけど。ホーローだけじゃなく、焼き物のほうもだいぶ名が広まってブランドとして確立し始めたらしく、大丈夫だと陶器と鋳物の工房の親父二人は言う。


 結局、鋳物屋と最初に話を持っていった陶器屋は共同で色々やっているようだ。バスタブサイズのホーローの焼き付けは鋳物屋の炉じゃできないサイズだし。


「あ、流しもホーローで作って欲しいんだけど。あと洗面ボウル」

「な、大丈夫だろ!」

笑いながら背中をどんどんと叩かれた。


「おお、細っこいのに結構鍛えてるんだな」

鋳物屋の体格のいいぶっとい腕で叩かれたけど微動だにしない俺を見て、陶器屋の親父が感心する。


 気分的には痛い、あと別に俺は細くない。鋳物屋の親父がむきむきで、陶器屋の親父の腹が出てるだけだ。……帰ったら牛乳を飲もう。朝晩以外にも飲むべきだろうか。


 そんなこんなで、頼んでおいた鉄瓶てつびん急須きゅうす、暖炉にかける鍋を受け取って上機嫌で帰ってくる。今まで緑茶もティーポットで淹れていたが、これで落ち着ける。湯のみもOKだし。


 さて、買い物ついでにちょっと冒険者ギルドに顔を出しておこう。依頼票を見るだけで、この季節の需要がわかり、こっちの普通とのすり合わせが人と話さずにできるスポットなのだ。


 決して、筋肉つけるために手頃な運動を探しに行くわけではない。重ねて言うが俺は普通だ、日本の基準からしたらむしろ細マッチョだと思う。この世界の住人がむきむきだったり、デカかったりするだけだ。



「森の奥にもう一度調査に行くべきだ!」

ギルドに入ったらなんか、酒場で熱弁振るっている金髪の男。冒険者なのに袖にフリルがついた服、背中の中程まである金髪は青いリボンで一つに括られている。――そして顎割れ。フリルとリボンと顎割れの四角い顔がアンバランスだ。


 よし、見なかった。同じテーブルについているディーンが見えた気がするが気のせいだ。


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