第569話 顔合わせと出航

「はい、はい。ナルアディードに【転移】するから寄って、寄って」

寄らなくても【転移】はできるけど、気分的に。


「ううう。気軽な【転移】」

「行く前からダメージ受けちゃってる? 大丈夫なのか? 慣れたら?」

「うるさいわね!」

言い合うハウロンとディノッソ。


「あー、ハウロンにとって【転移】はノートの『王の枝』みたいなもんだろ」

「……えぐらないでいただきたい」

レッツェのフォローに執事が被弾した!


「慣れるもなにも、回数を重ねるほど、気軽に使われるほど、抉られるのよ……」

ぐったり、げんなり? 間をとってぐんなりしているハウロン。


 ナルアディードに【転移】して、猫船長の船がついているはずの港に向かう。猫船長の船に直接【転移】したほうが楽だけど、一応沈黙つきの契約は交わしているとはいえ、あんまりな気がしたので。


 頬の人権も危ぶまれる気がするし。


「相変わらずナルアディードは華やかでございますな。――臭いもマシになりました」

「大店のある通りはもっと良くなってるわ」

執事とハウロン。


 ハウロンはナルアディードによく商談に来ているみたい。エスとの取引がメインだけど、そっちで揃わないのはここだ。


「奥さんにお土産買ってこうかな。小物か髪飾りか、服用に布かな」

唯一の妻帯者が周りを見て浮かれている……っ!


「鮮やかな青い布が流行っているわよ。それとダイヤが微妙に高いわね」

「新しいカットで流行っているのではございませんか?」


 執事が言うのは、勇者たちというか、おそらく姉が作らせたブリリアントカットだね。夜会の会場が白熱灯だったらもっとキラキラするんだろうけど、まだ蝋燭か魔法か、『精霊灯』だ。


「今はそこまでじゃないわ。やっぱり鮮やかな色石のほうが人気なのよね」

肩をすくめるハウロン。


「あ。ダイヤ、俺のせいかも。ソレイユに安いのあったら買ってって言ってあるから」

最初は片っ端からだったんだけど、値上がっちゃったし、ヴァンは別に透明度とか求めてなかったんで、安いのを。


「あら、なんでまた?」

「ヴァンのおやつ」


「……」

「……」

「……」

「火と力と破壊と再生の神か。さすが神々は食うものも違うな……」


 黙り込んだ三人と、半眼でつぶやくレッツェ。


「ジーンは」

「うん?」

「ジーンは」

「うん?」


 ハウロンが俯いてプルプルしてる。


「言い方を考えてちょうだい! 供物とか捧げ物とか、色々あるでしょう!?」

バッとこっちを見て苦情を言ってくるハウロン。


 供物? ポップコーンが?


「まあ、値段的には捧げ物って言ってもいいか」

最近はなんとかダイヤが人工的にというか、精霊的に作れないか考えている。


「ううう、嵐と戦いの神に骨を渡してるのと同じ気配がするぅ……!」

ハウロンがハンカチ噛みそうな顔をしてうめく。


「ちょっ! やめて!? 俺のヴァンのイメージに犬耳が混入する!」

ディノッソがハウロンに苦情を申し立てる。


 ◇ ◆ ◇


「……なんでそんなにぐったりしてるんだ?」

「世の中に納得いかないことが多いらしくって」

甲板で出迎えてくれた猫船長に答える。


「世の中つーか、お前周辺な?」

レッツェからツッコミが入る。


 猫船長はよくって俺はダメなのなんで?


「大賢者ハウロン様とノート様、ソレイユです。またお会いできたこと、嬉しく思います。――もうお二方をご紹介いただけますか?」

にこやかにソレイユ。


 ファラミアとキールもいるが、使用人扱いなので紹介がない。ファラミアは護衛も兼ねて、ソレイユについている。キールが島から出てきてるのは珍しい気がするが、ソレイユの商談には時々ついているらしい。


 商談でキールって大丈夫? と思ってしまうけど、ソレイユのことが気になってるみたいだし、護衛的な立場なんだろう、たぶん。顔はキレ者従者みたいなんだけど。


 むっちゃ執事を見てるキール、微笑みで糸目になってる目でじっとキールを見ている執事。


「俺はレッツェ、こっちの旦那と違ってただの冒険者だ」

そう言ってディノッソを見るレッツェ。


「おう、俺はディノッソ――バルモアって名乗ったほうが通りがいいか」

「あなたが……。ニイ様が言っていた金ランク冒険者が王狼だなんて! これから何が起きるか不安でいっぱいでしたが、安心できましたわ。レッツェ様も!」

花が咲いたような笑顔でディノッソに握手を求めるソレイユ。


「王狼……だと? ソレイユがあんな笑顔で!」

執事からディノッソに視線を移し、小声でギリギリしているキール。


「いや、そこは安心無理だから……」

あーって顔して小声で呟くディノッソ。



「王狼と大賢者ハウロンが揃ってるのか……」

しっぽを立てて思案げな顔の猫船長。


 影狼もいるんですよ?


 ディノッソが猫船長とも握手(!)をして紹介は終わり。俺も肉球握手したいんだけど。


「では出航しようか」

猫船長が船員とアイコンタクトをとった後、しっぽを大きく振ると、水夫たちの掛け声が起こり、船が動き出す。


「キャプテン・ゴートに当面の資材も積んでもらったわ。うまく土地を改良して港ができるといいけれど」

ソレイユが俺に言う。


 この短い間に必要な物資をかき集めたのか。ごめん、土地改良用の道具とかだといらないかも。いや、これから畑作ったりに必要か。

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