第531話 封印の石

「さて」

静かになった石の建物に響く俺の声。


 俺を中心にキノコにまで広がっていた菌糸が焼ける。『斬全剣』をしまい、エクス棒を手に取る。ついでにキノコの粘液も焼いた。


「派手だな、ご主人」

急に静かになった部屋にエクス棒の明るい声が響く。


 エクス棒は俺が精霊の言葉で話せば精霊の言葉で、人の言葉で話せば人の言葉でと、合わせてくる。なにげに気遣いのできる棒だ。


 ケンタが床から出てきた部屋の中心に歩を進める。建物の中は涼しかったんだけど、石が熱をもっているのか、じんわりと暑い。


「何があるのかな?」


 ごっ、っとエクス棒を垂直に振り下ろす。石突がめりこみひび割れる石畳、エクス棒は岩より硬いし、俺の腕力と速さは人から外れている。


 アホみたいに精霊と契約してるからね、当初より人間離れした。おかげでみんなと冒険者ギルドの仕事に行くのはちょっと不安。最初よりは隠せるようにはなったんだけど、ね。


 何事もなければなんとかなりそうだけど、こないだの魔の森の奥みたいな、みんなが怪我したりすると自制が効くか怪しい。


 精霊との繋がりで勝手に流れ込んでくる分でこれ。完全に遮断するには契約を破棄するしかないし、それはちょっと今更だ。


 それにしても随分分厚い床石だ。この建物全部がこうなのかな? キノコから出てきた黒精霊に手伝ってもらい、割った石をどける。この建物に入ってから契約した黒精霊は、半分以下の大きさになった。


 棲家にしていたキノコが本体なのかは謎だけれど、ちょっと共生関係にはあったようで、キノコが溶けてなくなったら縮んだ。俺と契約して、微量だけど俺の魔力が流れているから消えるまではいかなかったようだけど。


 というか、キノコは最初からキノコだったのか疑問が頭をもたげるんだけど、この疑問は寝かせておこう。怖い考えにたどり着きそうだし。エクス棒と一緒につつきまくっちゃったし。


 石畳の石は、どけた場所は俺の腰よりありそうな深さで、下は突き固められた砂だ。さすがに厚すぎると思うのだが、どうやら特殊らしい。覗き込んだ四方の石の側面に、文字が彫ってある。たぶん割った石にも同じものが彫ってあったんじゃないかな。

 

 何があるのか分かってしまった俺は、四方の石をどけ、俺に空気の膜を作ってくれている精霊に魔力を少し渡して、かぶっている砂を吹き飛ばしてもらう。分かっているけど、確かめるのが礼儀な気がして。


 そこにあったのは馬と人の骨。空気に触れたせいか、俺がケンタを倒したせいか、ぽふっとキノコの胞子のように細かく崩れて砂に混ざった。


 馬を取り上げられ泣いた少年とその愛馬の姿。石に刻まれていたのは、封じの言葉。


『ふう。やっとでてこれたわいなん』


 なんか出た。しかもなん精霊の元締めっぽい!


『ご主人、なんか出た!』

エクス棒が思ったことをそのまま口にした! 俺は心の中だけで留めたのに。


『わいはこの神殿の精わいなん』

正方形のまんま石みたいな姿の精霊が、くるくると浮かびながら言う。


『お邪魔してます。神殿だったのかここ?』

『ああ、コレを封じるために建てられたわいなん。用途は神殿、祈りの言葉でさらに強力に封じるつもりだったわいなん』

わいなん石が説明してくれる。


 もしかして、お話してくれる精霊ってこの精霊のことだろうか。


『封印しっぱい?』

『正しく経緯を書いて、正しく封じたモノの正体を書く必要があるわいなん。それが封じられたモノの慰めにもなるわいなん。でも本当の経緯を知られるのを嫌がって、人に見えない場所に隠したわいなん』


 あー。それで石の側面に刻んであったのか。


 名馬がいた 名馬には少年の友達がいた 王が少年から馬を取り上げた 王は王を乗せない馬に癇癪を起こした 馬は禁則の地に追いやられた 少年は嘆き恨みを募らせた 少年は馬を探し禁則の地に足を踏み入れた 


 みたいに箇条書きでつらつらと。禁則の地は黒精霊がいる土地のことだったようで、黒精霊が憑いてケンタくんになって王に復讐をした、と。あとはまあ王が殺されてもおさまらないケンタくんを頑張って封じたというようなことが書いてあった。


 石の側面に刻み、隠したのは、後を継いだ王が身内の恥を晒したくなかったのだろう。


『一度封印したのに失敗したんだ?』

その後も祈りでもって、さらに封じの力を増そうとしてたってことは、それだけ粘着質というかしつこいというか、そんな黒精霊だったのだろう。――いや、もしかしたら当時は実体を持つ魔物だったのかな?


『わいが弱いというより、原因は封じたモノを正しく刻んでなかったからわいなん。サソリを一匹、一緒に封じちゃったわいなん』

自分は無実だと訴えるかのように、少し動きを早くするわいなん。


『サソリ……』

しっぽがサソリだったのはそのせい? 


『そんな小さなのでもだめなんだ?』

サソリ分が抜けてたから封印解けたの? ひどくない?


『何百年もかけて封印が綻びたわいなん。正体不明なまま何度か倒されてるけれど、ここにある本体に必ず少し力を残していて、また忘れた頃に悪さをするのを繰り返してたわいなん。祈る者たちもキノコにされていなくなったわいなん』


 キノコ、考えないようにしてたのに!


 というか、憑いた黒精霊のことを刻み忘れてない? たぶん菌糸とかカビとかキノコの黒精霊あたりだと思うけど。


『まあ、馬好きならしょうがないわいなん。王の枝も馬好きには甘いわいなん』


 馬好きに甘い王の枝……。


『王の枝、健在なの!?』

そっちの方がびっくりだよ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る