第530話 そこにある何か
『なんで、なんでなの?』
なんでと言われても。ついでにぽろぽろ泣かれても。
『ご主人、なんか変なの出てきたな!』
『うん。まさかこれが話聞かせてくれる精霊じゃないよな?』
話通じない感じだし。
ケンタウロスっぽい何かは言葉は話せるけど、一方的で意味をなさない雰囲気。
『一応聞いてみればいいんじゃないかな!』
『それもそうだ。――あー、失礼ですが、この場所の昔話……』
エクス棒の勧めに従って話しかけてみる。
『なんで、思い通りにならないの?』
声が一段低くなる。
ケンタウロスっぽい何かから、これまた黒い菌糸っぽいものが伸びて、キノコに触れると、溶けたように崩れ広がった菌糸だけが残る。一瞬だけキノコの形を保った網みたいな菌糸も、直ぐに他のキノコに伸びてゆき形が崩れる。
キノコは姿を消し、菌糸だらけの部屋。床にはキノコの名残のヌメヌメした液体がゆっくりと広がって、石畳の隙間に落ちてゆく。
『……溶けないの?』
なんで、を言わないと思ったらそれか! しかも疑問は疑問だし!
気づけば俺の足元にも菌糸が伸びてる。薄い空気の層で覆ってるんで、平気だけど。マスクとゴーグルは気分です、ちゃんと準備する癖つけとかないとレッツェみたいになれないからね。
ちょっとゴーグルとマスクでは阻めないなにかが追加されちゃったけど。水の中といい、空気の層をつくるのが便利すぎるよね。
あ、でも締め付けてくるのはダメです。いや、頼めばぽよんぽよんに弾き返すわがまま風船にしてくれそうではあるけど、あれだ、こう言う時は魔法だ。大丈夫、イルカの時みたいに切羽詰まってない、冷静に考えられる。
「そう言うわけで『弱めのファイア』!」
菌糸がぼっと一瞬炎を上げて燃え落ちる。ちょっと手品の炎みたい。
『……! なんで、なんで!』
『なんでもなにも、嫌だからだよ』
そう言ってエクス棒を背に、『斬全剣』を抜く。
さすがにこの黒精霊と契約して繋がる気はない。たぶんコイツ、元は人間。うっかりするとコイツの経験した感情をたどって、同じような精神状態に持っていかれるかもしれない。別な存在の感情より、同調しやすい。
ケンタ、嫌な感じです。契約したら、菌糸なだけに侵食してきそう。
前足をカカッと石畳に打ちつけ、突進してくるケンタ。ケンタの攻撃は突進と――
「噛みつきか」
室内で距離がないので直前でかわしたら、顔を振りかぶって噛み付いてきた。年端がゆかない顔は、皺がより口が大きく裂けている。
『斬全剣』の腹で押さえ、勢いを斜めに流す。横にステップを踏んで、下がった首に『斬全剣』を叩き込む。
ケンタが流れた上半身――人間部分を立て直そうと振り向いたせいで、頭から顎に刃が進み切り離される。飛んだ頭部の半分は、床に叩きつけられてべしゃりと音をたて、潰れたかと思うと黒い菌糸に変わった。
『べとべとしたもんは嫌だな、ご主人!』
エクス棒が言う。
普段のフォルスターに納まるサイズより、少しだけ伸びて戦いを見学しているようだ。
『頭半分なくって普通にしてるのも嫌だ』
人間じゃなくって実は菌糸の黒精霊なのか? じゃあ少し斬ったところであんまり影響がなさそう。
『なんで、なんで一緒にいられないの?』
『なんで、なんで』
『戻ってる、戻ってる』
エクス棒の言う通り、欠損した部分に菌糸が伸びて、ぬるんと笑うケンタの顔が作られる。
人間部分の腕は飾りっぽくってあまり動きはない。力なくぶら下がっているか、何かを抱きかかえてるみたいに前にゆるく伸ばされているかのどっちか。
ケンタがまた突進してくる。細切れにすれば大人しくなるだろうか? でも床の黒い菌糸がそっと伸びてケンタに戻ろうとしている。これ、キリがないやつかな?
避けながらケンタにファイアを叩き込む。燃えて一瞬縮んだけど、また菌糸が爆発するみたいに広がってケンタの姿が元に戻った。
人間の精霊っぽい雰囲気なのに、下半身は馬、菌糸。岩の精霊ではないのは確実、でも石畳から現れた。精霊の傾向と同じような物質は菌糸だけ。この建物を棲家としてるけど、ここに執着してる風はない。草原まで影響は及ぼしていない。
「こうかな? 『石畳の隙間、流れ込んで焼き払って』」
石畳の隙間という隙間からからぼっと炎が上がる。
『……っ!』
ケンタの動きが止まり、菌糸が解けながら焼けてゆく。
『なんで、なんで……』
崩れてゆくケンタ。
「本体がある黒精霊なら、登場したところが本体のある場所かなって」
多分、それを聞いたんじゃないと思うけど。
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