第324話 必要なもの

 翌日、カヌムに【転移】。俺の家との気温差に、コートの前をかきあわせて暖炉に火を入れる。窓の鎧戸を開けないと暗いけど、開けると寒いし、目立ってもやっぱりガラス入れようかな。


 薬缶やかんをかけて湯を沸かす。朝食は食べてきたので、コーヒー用だ。薪で沸かすとお湯が柔らかい気がする。


 暖炉の前に椅子を持って行って、火に当たりながらコーヒーを飲む。手持ち無沙汰なので、籠を編む。山葡萄のツルと胡桃の枝でせっせと桔梗編み。


「ジーン?」

外からレッツェの声。

 

「おはよう」

「おう、おはよう」

「おはようございます」

レッツェの後ろにはハウロンと執事。


「今日はレッツェも参加?」

「ノートの推薦でアタシの応援」

招き入れながら聞くとそういう答え。応援?


 椅子を勧めると二人は座ったが、執事は勝手知ったるなんとやらで、お茶の準備を始める。


「レッツェ様は?」

「あー。俺はコーヒーでもいいか?」


 そういえば、カヌムの人はカフェインに弱いことが判明。紅茶が出回り始めてるけど、たくさん飲むと気持ち悪くなったり目眩を起こす人が多い。まあ、俺には紅茶なのか砂糖水なのかわからないんだが。


 紅茶をたくさん飲んでも平気なのはクリスくらいかな? レッツェがコーヒーが平気なのも多分珍しい。


 ハーブティーを淹れるのもコーヒーを淹れるのも似合う、さすが執事。全員が席について手元に暖かい飲み物。


「さて。色々聞きたいことがあるのだけれど、まずはお説教かしら?」

「何故?」

にっこり笑うハウロン。


「思い当たることがあるでしょう?」

足を組み直し、頬杖をついてジト目。


「【転移】のことか?」

何もなしで【転移】したからか。


「違う」

否定してくるレッツェ。


 アタシの場合はそれで合ってるけどねぇ、というハウロンのつぶやきが聞こえるが、レッツェは違うようだ。


「何だ?」

「何だじゃない。お前は初対面の相手に油断しすぎ」

コーヒーカップを机に置いて、俺に向き直るレッツェ。


「いや、ノートとディノッソの推薦だから」

見せないと何が足りないのかわからないと思うし。


「それでもだ。自分でちゃんと確かめてからにしろ」

「二人と仲がよさそうだったし、話した感じ印象が良かった」

あと単純に祖父母の思い出のせいか俺が老人に弱い。


「ジーン様は身内認定した途端、油断がすぎます。――わかりやすく例を挙げるならば、私は王狼を売ったことがございます」


「え」

俺の中で、執事によってぐるぐる巻きにされたディノッソが、ハウロンに売られていく場面が展開――ディノッソたちが一緒に冒険してた時代だろう若い頃が想像できなかったので、絵面が親父のままだけど。


「あら、驚くのね? アタシにとってはもありなんってかんじだけど。むしろ今回の再会で、刺すような雰囲気が丸くなっていて驚いたわ」

ハウロンが言う。


 あれ? 売られた先はハウロンじゃないのか? シヴァ相手なら平和?


「ジーンが絶対明後日なことを考えてる気がすんな。敵に情報流したとかって意味……だよな?」

「左様でございます。確認されますと微妙な気分になりますが……」

困ったような顔をしているレッツェと執事。


「そっちの意味か!」

「むしろ何を想像したのよ?」

「ストレートに人身売買」


 微妙な間が落ちる。


「まあ、ハウロン――失礼、伝説の人なんで呼び捨てになってた」

「いいわよ、面倒だし」

レッツェに向かってひらひらと手を振るハウロン。


「ハウロン殿は仕方がないとして、もうちっと慎重になれよ」

「はい」

確かに最近ゆるい、引き締めよう。


「で、結局アナタはなんなの? ルフにしてはふわふわしてないのよねぇ?」

ハウロンが作りかけの籠に目をやりながら俺に聞いてくる。


「勇者の巻き添えでこっちの世界に来た異世界人。でも体はこっちに合わせて作りかえられてるから精神だけ?」

だから研究対象で解剖バラすとかは止めてください。


「へぇ? 神レベルの精霊に守護を受けてる存在、神を育てる存在、特殊な能力を授けられている存在、異なる文化をもたらすか躍進させる存在、精霊のバランスを変える存在、精霊に力を与え精霊を消費し、栄え自滅する存在――合ってる?」

指折り数えて勇者の特徴をあげ、最後に俺を見るハウロン。


おおむね? 最後は正規の勇者に進呈したい」

「【転移】はその能力ね?」

「うん」


「ちょっとホッとしたわ、納得いかないところもあるけど――でも精霊にあそこまで好かれる理由も、精霊が人の願いを自分の好きなように曲解しない理由も、認知がずれない理由もわからないわね……」

椅子の背もたれに背中を預けて目をつぶるハウロン。


 名付け頑張ってるとか、眷属だったとかそういう理由だろうか。でも確かに精霊と人間の考え方の根本的なズレがあんまり起きていない気がする。意思疎通が雑な割に揚げ足を取られない。


「――レッツェ様は何か考えがおありになりそうですな?」

執事が言うが、レッツェの表情は普通だ。


「なんだ?」

「どの辺までバラすんだ? のはずが、お前の追求になってるぞ」

顔を見たら聞き返された。


 そう言えばそうだ。


「演技指導とは言いえて妙ですな」

レッツェのセリフに感心しきりな執事。


「ちょっと、アタシの存在意義がおかしくない!? これでも大魔導士とか大賢者とか呼ばれてるんだけども!」

ハウロンはなんか納得いかない感じ。


 俺も演技指導で合ってる気がしてきた。使う魔法と場面で演技を分けるためには魔法の基礎を知らなきゃだめっぽいけど。

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