第325話 確認事項
「おう、俺が最後か。これシヴァからな」
裏口が叩かれ、返事をするとディノッソが顔を出す。
「ありがとう」
差し出されたのは暖炉にかけるスープ壺、口に布がかけられ麻紐で結んである。ちょっといい匂いがする。
「レッツェも捕まったか」
「昨夜は遅うございましたのでお会いできませんでしたが、運良く朝にお会いできました」
座りながら言うディノッソに、流れるような自然な動きで茶を出す執事。
俺はまだ熱々でタオルに包まれた壺の蓋を外して、皿に盛り分ける。せっかくだから頂こう。
「魔法はまるっきり専門外だぞ。王狼、影狼、大魔導士……ここに俺が混ざってるのはおかしいだろ。氷の令嬢シヴァと大輪の聖女で、伝説のパーティーが勢揃いだろうがよ」
レッツェが嫌そうに言う。
大輪の聖女はディノッソのパーティーの癒し手。大輪というのは神殿の花の一人だったかららしい。
この辺は普段、飲みながら聞いている。ディーンからだけど。おかげでバルモアと聖女――美人でお胸がたゆんたゆんという情報あり――のことはたくさん聞いた。
そう言えばバルモアを知らないのはおかしいと、注意を受けたことがあったな。よっぽど人里離れた山の中に隔離でもされていない限り知っているはずだと。
精霊の存在が噂話を運ぶ速度をあげているのもあるけど、ハウロンの【転移】のおかげで、実際に訪れた地域が多いのだろう。
二人だったり三人だったり、五人揃っての活動は短いっぽいが、過去の冒険に於いて執事とハウロンの影が薄いのは、今思うと
執事は身近にいる人だからあれだけど、完全にハウロンの名前覚えてなかったしな、俺。ディーンは大魔導士って言ってたし。ディーンに悪気はない、ただただ同じ大剣を使う憧れの的と、女性にしか興味がいかなかっただけで。
「ちょっと、何で微妙な目でアタシを見るのよ?」
「何でもない」
ハウロンに咎められて目を逸らす。
こんなに濃いし、活躍してそうなのに影が薄かった男。噂話って語り手の趣味やら事情やらで、取捨選択が激しいことを実感。
ちょっと思い出していたら、ついでにそんな山奥の出なら
「とにかく、俺は役に立たねぇぞ?」
「頼むからジーン――と、俺たちの阿鼻叫喚の脱線を軌道修正してくれ」
役に立たないと言うレッツェに、片手拝みに頼むディノッソ。
「……いるだけいるけど、期待すんなよ?」
ため息を吐くレッツェ。
パンを一切れ添えて、シヴァのスープを出す。赤みを帯びたソラマメみたいなものと、これは豚の足の関節? それと根菜。ハーブが効いていてそれぞれの具材の柔らかさがちょうどいい。
「おいしい」
相変わらずの料理上手。
「美味いし、朝の腹に優しいな」
レッツェも褒める。
「シヴァの料理の腕は奇跡的に上がったのね。――そう言えばノートからの紹介が『心強い助っ人』だったけど、どんな関係なの?」
首をかしげてこちらを見てくるハウロン。
レッツェの周囲に少し視線が彷徨ってたんで、多分精霊の有無を確認したのかな? あと、奇跡的に上がったって、昔はどんな料理を……?
「ありがたいことに懇意にしてもらっちゃいるが、俺はようやく銀ランクになりたてのしがない冒険者。パーティーじゃ案内役かサポートが主で、ソロは小物しか狩れねぇよ」
肩をすくめてみせるレッツェ。
「俺の冒険の先生」
すかさず補足。
「ちょっと森の歩き方を教えたくらいだろ、えらく語弊があるぞそれ……」
片手で顔を覆うレッツェ。
「ほっほっ、この中でジーン様の師と名乗る資格があるのはレッツェ様くらいですな」
執事が笑う。
「で、最初に確認しときてぇんだけど、どこまでオープンに?」
気を取り直したレッツェが確認してくる。
ディノッソと執事が言っていいかと確認する風に、俺を見るので頷く。
「異世界人、勇者に巻き込まれ、治癒の力が強い光の精霊がひっついてる、魔法っていうか精霊が頼みを聞く、他人の精霊も勝手に動く、見たことのない食材、場所を一瞬で移動できる【転移】ってのでトドメ」
ディノッソがレッツェに向き直ったかと思うと、一拍おいて平坦な声で一気に言い切る。
トドメってなんだトドメって。
「レッツェ様も、ジーン様がこのカヌムの家に帰る割には、夜を過ごしている気配がないのはご存知かと」
「まあな」
執事の言葉に頷くレッツェ。
「【転移】なんて一般的な言葉じゃないのに、驚かないのね?」
ハウロンがちょっと不満そう。
「有無を言わさず、森に飛んだことがあるんでな」
あの時は、聖域の家の建築お手伝いありがとうございました。
おかげさまで内装も終わったし、家の前にチャールズにもらったツル薔薇植えたし。家具が揃っていないのでちょっとまだ殺風景だけど、後で招待しよう。
「経験者かよ!」
ディノッソがうわぁという顔をしてレッツェを見る。
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