第323話 三人

「この絨毯はハウロンが作ったのか?」

「半分ね。アタシは絨毯織るなんて根気のいること出来ないもの」

空飛ぶ絨毯の模様は細かいアラベスクと見せかけて、魔法陣と呪文が複雑に織り上げられている。


「もうその職人も亡くなって、弟子が跡を継いだわ。残念ながら魔力は普通程度で、アタシが一緒でも空飛ぶ絨毯は作れなくなったわね。でも、色も織も先代より素晴らしいのよ」

「へえ。いいな、絨毯欲しい」

エスで何枚か購入したけれど、森の聖域の家に一枚欲しい。


「ところで、精霊に座ってるのが気になるんだけれども。その精霊はそういう性質なのかしら」

「そう。座布団の精霊」

「ふーん?」

気のない返事だが、煙草の煙を吐きながら何か考えている様子。


 絨毯は結構な速度で進み、煙が背後に流れて消えてゆく。草原に出ると、森に入って一旦見えなくなったカヌムがまた姿を見せる。


 ハウロンが歩くのは面倒だけれど、面倒ごとも嫌よね、と言って絨毯を仕舞う。草原を少し歩いて、カヌムに帰る。


「今日はどこに?」

「しばらく滞在するからノートが部屋を用意してくれたはずよ。騒がしい有象無象がいるのは勘弁願いたいけれど、たまにはいいわ。引きこもっている間に家具も大分変わったみたいだし、楽しむことにするわ」


「貸家のことかな? 全員いい人たちだよ。ディーンとクリスは騒がしいけど」


 ハウロンの言っている家具がアッシュの家と俺の家の家具のことならば、すごく偏った認識を持ってしまうような気がしないでもない。そして貸家でさらに肯定されてしまいそうな気配。まあ、バスタブも椅子もじわじわ広がってるからいいか。


「ちょっと飯作るから、飲みながら待ってて。できる頃にはディノッソたちも戻るだろう。赤と白どっちがいい?」

暖炉の火を熾しながらハウロンに聞く。


「新しいならどちらでも。酸っぱいの苦手なのよねぇ」

ため息をつくハウロン。


 こっちのワインは保存技術があれなので、新しいワインが好まれている。なぜなら春を越すと酸っぱくなってくるから。蜂蜜や香辛料で味付けしたのも出回ってるし、水代わりだしワインの認識が大分変わった。


 こっちのワイン、樽か壺だからな。因みに精霊の力を借りて作ってる、なんちゃら言う神殿産のワインが瓶詰めで高級品らしいけど、まだ飲んだことがない。


「酸っぱくなければいいんだな」

『食料庫』のワインを出そう。


 つまみは穴あきチーズ――穴はチーズの発酵時に出てくるガスが原因らしい。なんというか、漫画や童話に出てくる穴あきチーズを期待して三角に切ったら、穴が大きすぎてバラバラになった思い出。均等に穴が出るチーズを誰か作ってくれ。


 ジャムと蜂蜜、オリーブオイルを添えて。ついでにチーズの味噌漬けと豆腐の味噌漬けも皿に混ぜる。


「あら、瓶入りなんて高級じゃない。……待って。このワイン、香りが――ブレー神殿のワインより味が深い……でも魔力は混ざっていない?」

そうそう、ブレー神殿。他にも何箇所かあった気がするが、ナルアディードでそこのワインがぶっちぎりで高級品として扱われてた。


「ごゆっくり〜」

目も意識もワインに釘付けになったハウロンを放って、台所に行って竃に火を入れる。


 さて、カニだカニ。サラダにチャーハン、茹でカニ……。パスタかな?


 ゴルゴンゾーラのチーズと白ワインのソースにカニの身を混ぜよう。トマト味も――じゃあ、ゴルゴンゾーラの方は幅広の手打ちでもっちり、トマトは乾麺でつるっと行こう。


「ジーンいるか?」

「はいはい、開いてる。適当に飲んでて」

カニの身をほぐしていたら、二人が帰ってきた。


「おう。って、ハウロン! よくも置いてったな!?」

「あら、お帰りなさい。五人乗りは森には向かないわ、それにどっちにしても修復中」

「あの時のですかな?」

「そうよぅ。もう織り手がいないから自力でやるしかないのよね」


 居間の会話は過去の冒険の気配。なんだかんだ言って仲がいい感じの三人の会話を聞きつつ、料理する。


「できたぞ。二人も食ってけるか?」

ハウロンはともかく、執事にはアッシュがいるし、ディノッソには家族がある。でもハウロンという旧友との再会に飲むと踏んだ。


「食う、食う」

「頂きます」


 そう言うわけで、夕飯開始。


「このワインが不思議なんだけれど、ここで海のモノが出るのも大概ね。どう考えても川のカニの顔してないわよねぇ……」

「そんなこともある」

トマトパスタの方は、殻で出汁をとったので言い訳不要な感じにドーンと殻ごと乗っている。中身はほぐしてソースに絡めてあるけど。


「この赤いのはなんなのかしら?」

「最近流行りの野菜。閉じこもってると時代に取り残されるぞ。冷めないうちにどうぞ」

ゴルゴンゾーラのパスタに、追いチーズを削り入れて机の上で完成。


「飯に関しては深く考えない方が幸せになれるぞ。――うめぇ!」

ディノッソがそう言って口をつける。


「ジーン様の料理は美味しゅうございますよ」

執事がハウロンのゴブレットにワインを新しく注ぐ。


「もっとも、お前食に興味薄かったっけな。勿体無い」

ディノッソが実に美味そうにパスタを食べ、ワインを飲む。


「味はともかく、今は興味津々よ。久しぶりにキャパオーバーしそうだわ」

ちょっとため息混じりのハウロン。


「ある程度、小さなことは見逃した方がよろしいかと。考えても辿りつけないものというのもございます」

執事がガーリックバゲットをちぎり、ワインを飲む。


「気になるものは気になるのよ!」

ワインをあおるハウロン。


 こんな感じで早めに夕食を済まし、あとは飲み会。


 つまみにクリームチーズと真鯛の酒盗を追加。鯛の腸を集めて作った、上品な甘みと旨みの塩辛。まだ熟成が浅いけど、これはこれで美味しい。あとは適当にハム。


酒盗これはこっちのチーズにつけて食っても美味しい。俺は帰るから、鍵と火の始末は頼む。こっちはアッシュとシヴァたちにパウンドケーキね」


 カードゲームで飲む時はいつも土産を用意しているのだが、今日も用意した。多分、ディノッソも執事も明日からしばらく付き合ってくれるつもりだろうし。


「なんだ、飲まねぇの?」

「家主でございますのに」

席を立つ俺に不思議そうに声をかけてくる二人。


「久しぶりなんだろうし、他人おれがいない方が盛り上がる思い出話もあるだろ?」


 同窓会に他人が混ざるようなことは避けたい。


「明日からよろしく」

笑顔でそう言って【転移】。


 なんか俺がいなくなったあと、思い出話じゃなくってハウロンが発狂したって聞きましたが、気のせいです。

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