第322話 復路は?

「一体何のためにハウロン殿を呼んだとお思いなのか」

目を閉じてため息をつきながら首を横に振る執事。


「魔法、確かに魔法はアタシの領分だけれども……っ! これは聞いていない、聞いていないわよ! 規格外とか明後日の方向とか言われても、普通は魔力が大きいとか、暴発するとかでしょう!? だからわざわざ外に来たのよ!?」

ハウロンが詰め寄るが、執事は微笑を浮かべて目を閉じている。


「諦めろ、何せ俺たちじゃ魔法の機微は分からん。ほれ、ジーンが期待に満ちた顔で見てるぞ。頑張れ」

ディノッソがハウロンに言いながら、親指で俺を指してくる。


 色々足りないところがある自覚はあるんだけど、どうしたらいい? どうすればいい? 


「あんたら、絶対分かってるでしょ!」

「私共ではお教えできませんので……」

プリプリしながらこっちに向き直るハウロンに執事が会釈する。


「……何が足りないか判断させてもらうって言ったけど、その前に何であんな現象が起きたかの究明が先だわ。原因がわからないと対処のしようがないの。――ごめんなさいね、暴発や不発ならば見れば原因が分かる自信があったのだけれど」


 申し訳なさそうに話すハウロン。


「いや、それはいいんだけれども。どうしたら普通に魔法を使っているように見えるか教えて欲しい」

大丈夫です、ハウロンの杖から出た理由はだいたい分かります。


「まあ、あれでも十分普通に魔法を使ってるように見えたけどな、ハウロンが」

「ええ、2度ともハウロン殿がお使いでしたね」

ディノッソの言葉を執事が肯定する。


「うるさいわよ、外野! ――で、聞きたいんだけど、アナタ呪文を唱えていたわよね? 呪文の意味が分かるなら教えてくれるかしら?」

二人をキッと睨んでから、俺に聞いてくるハウロン。


「同じようにお願いします、だ」

「は?」

「同じようにお願いします」


 髪の中に手を突っ込んで、手のひらを額に当てた格好でうつむくハウロン。


「俺が杖を持ってなかったから、本当にそのまま繰り返してくれたんだと思う」

「……ちょっとごめんなさい。私が理解するまで待ってくれるかしら?」

額に手を当てて顔を見せないまま、もう片手で止めてくるハウロン。


「えーと。アナタが使っているのは魔法じゃないわ」

しばし後、ハウロンが顔を上げて言う。


「え!?」

「言い直すわ。何の法則にも従わず、直接精霊に頼んでるだけだわね」

「はい」

その通り。そう言われるとなんか頭悪そうに聞こえるな。


「精霊は相性もあるし、言葉を歪めて自分のいいように取ることも多いわ。いくら精霊言語が堪能だからと言って、望んだ結果が出るのはまれよ。ただアタシにもファンドールが何故アナタの言葉を聞いたのかが分からないわ」

吐息をついて言うハウロン。


 最初に森の奥で魔法の練習をした時、周囲に俺が名付けた精霊はおらず山の家で使うより魔法の威力は下がった。でも今は特に差は感じない、めいいっぱい魔法を使おうとしたことがないというのもあるけれど。


 それに今はやたら精霊が好意的になっている気がする。あれか、逃げ出してきた精霊にせっせと名付けてるからか? 精霊の間で有名人?


「とりあえずカヌムに戻るわ。外での実戦は今は意味がないもの」

「どうやって戻るんだ?」 


 カヌムまでだいぶあるけど徒歩? それとも俺の【転移】で帰る? そうじゃないなら――


「――まさかカヌムにも骨が……」

怖いんですけど。


「これよ。馬より速いわ」

ハウロンが取り出したのは分厚い絨毯。


「懐かしいな」

「馬より乗り心地もよろしいかと」

ディノッソと執事が絨毯を見て言い合う。


「アンタたちは徒歩!!! アタシが悩むの分かってて、面白がってたでしょう!? ちょっとは苦労なさい!」

ハウロンにむぎゅっと片手で抱きこまれて、絨毯の上に乗せられる。


 途端に飛び立つ絨毯。


「あ、ひでぇ!」

ディノッソの声を後ろに聞きつつ、びっくりする俺。確かに馬より速い!


「魔法の絨毯……っ!」

空飛ぶやつだ、空飛ぶやつ。


「そそ。五人で乗れるサイズもあるんだけど、これは二人用。大きい方は森を飛ぶには小回りが利かないのよね。歩いた方が早くなっちゃう」

あの二人にはいい薬でしょと、うふふと笑うハウロン。


 どうやらあまり高くは飛べないみたい? 絨毯は地面から1メートルあたりを飛んでいる。


「えーと、二人が俺の事情に巻き込んだのを怒っている?」

二人がハウロンに頼んだのは俺が原因なので、それで仲違いはよして欲しい。


「いーえ。むしろ感謝してるわ! 溜め込んだ情報を整理して、推理して、構築するより、目の前に分からないことがある今はずっと刺激的で幸せよ! ただ、あの二人の思った通りになるのがしゃくなだけ!」

恐る恐る聞くと、笑顔が返ってきた。


「ま、あの二人なら半刻も遅れずに帰ってくるでしょ。気にせず風景を楽しみなさいな」

ハウロンは半分寝そべって、どこから出したのか水煙草みずたばこを吸い始める。


 香りが付けられた煙草の葉から出た煙を、ガラス瓶の中の水を通して吸う。煙半分、シロップの蒸気半分だったかな? エスの方でよく見かけるヤツだ。


 このガラス瓶と煙管きせるがくっついたやつが妙に格好良くって、買うか買わまいか迷った。


「似合うなあ」

俺が吸っても様にならないけれど、ハウロンは似合う。


「ありがとう」

ウィンク一つのお返し。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る