第593話 仲裁

「だから我の好みは女だ!」

ガタガタいってるアサス。


「女となればどのようななりをしていてもかまわぬのですね。ほんに節操のない……。どうしてくれましょう」

怖い顔をして笑うエスと、アサスを締め上げている水。


 締め上げてるといってもアサスは柱なんで、単に持ち上げられているだけな気もする。あと、エスの話し方がアサス相手だとしおらしく(?)なることが多いのも怖い。言葉はしおらしいのにぐいぐいに追い詰めるのがヤンデレっぽくって。


 部屋の中は当然のように水浸しというか、くるぶしの上まで水が溜まっている。水盆に飾られた花がもうすぐ水に攫われて縁から流れ出しそう。


 松明も篝火も高い位置に据えられているので、火の方は平気。わんわんハウスも台座の上に据えられているので平気。


 黄金の果物と野菜は器に乗ってるけど、これは水に浸かって冷えたほうが美味しく食べられるような気もする。


 わんわんは嬉しそうにエスに寄っていっている。相変わらず水に濡れることを気にしないわんわんだな。


「エス様、決してそのようなことでは……」

ハウロンがオロオロと神々を宥めている。


 ハウロンは今日はカーンおうが主役になるよう姿を見せず、神殿でカーンを迎え入れるみたいな段取りだったはず。今の時代はカーンより名前が売れてるからね、ハウロン。大賢者。


 でも今日の演出とカーンの押し出しの良さで、見た人はカーンの方の印象が大きくなったはず。ハウロン、普段からカーンに仕えてるっていう姿勢を崩さないし。


 そのカーンは神々から少し離れた入り口付近で、なんか額をおさえてお疲れの様子。もてる男は、少し悩め。


 でも、贈る相手は男だけど、恋人の精霊――つまり女性の精霊が周囲にいるのはエスに確認済みなんだけどな。封印してあるから構わないって言ってたのに。


 アサスは柱に封印され、両断されている。エスが持ち帰ったのは上――上半身。俺に好きにしていいって置いてったのは下――下半身。


 アサスは特性的に寸断されてもそれぞれ、アサスの姿をとることができるっぽいんだけど、これは封印されているので下半身は柱のまま。結果、柱の上に精霊アサスの上半身が出る。


 ただ滅多に半身を出さず、顔だけ柱から出してるんだけど。エスが持ち帰った上半身には足が生える。それでいいの、神々? 顔だけもヤダけど。


 いや、どこに持ち帰ったのか知らないけど、そこで封印を緩めればちゃんと完全体(?)になるのかな? 深く考えちゃいけないね。


「うわ、修羅場」

「神々も恋に焼かれる心は同じなのだね……」

ドン引きのディーンと、いつでも詩的なクリス。


「麗しきエスよ、女ならばヒゲでもなんでもいい愚かな兄は見限り、我にせよ! 我は一筋ぞ!」

わんわんが耳をピンと立ててエスに言う。


「ヒゲ……?」

レッツェの眉間に困惑の皺。


「わんわんもそばにいて二人きりでなかったとはいえ、わんわんが愛しいアナタの浮気を止めるのは、最初の言葉だけだと知っているの」

にっこり笑って柱をみしみしいわす。


「誤解だー!!!! 我は女好き! 上半身を出しておったのは、ここに入って来た王に祝福を授けるつもりで……っ!」

アサスが叫ぶ。


「女が側にいれば、封印がキツくなる。だからと言って、男を女に見立てるなんて……」


 エスが怖い顔で笑っているけど、普段の柱から顔だしてるスタイルじゃなく、カーンに先んじて神殿に入り、後から来るカーンに祝福を与えるために格好をつけて、アサスが上半身を出してたってことでいい? のかな?


「見立てる……?」

隣で困惑気味のディノッソ。

 

「自分は確かに言葉が女性的になることもありますが、それはアサス様にはまったく関係がございません!!!!! 恐れ多い!!!! それに精霊は恋愛対象にはいりません!!!!!」

ハウロンが全力で叫ぶ。


「……恋愛対象?」

「どうやら女神エスはハウロン殿と豊穣神アサスとの仲を疑っているようだ」

俺の呟きに、アッシュが言う。


「アサス様の守備範囲外だと思いますが……」

争う神々を通り越して、遠いところを見ている執事が呟く。


「……」


 沈黙が落ちる。


 どうしたらいいのこれ? アサスは女性ならなんでもいいって守備範囲広い感じだけど、エスの考えるアサスの方がさらに守備範囲広いな?


 アサスが気合入れて上半身出してて、そこにハウロンがいて、入って来たカーンとエスがそれを目撃、シャヒラとベイリスはカーンと一緒だから今回疑惑の範囲外――そこはハウロンも範囲外にしてあげてほしかった。


 いや、オネエだし、女性扱いが正しいの?


 浮気相手じゃなくって、アサスに怒りが向けられるところはエスのいいところだと思うけど、ちょっと束縛がすごいというか被害妄想があるっぽい?


 もともとの性格なのか、アサスの今までの所業がそうさせるのか。


 考えてたらファンドールが俺の袖を引っ張ってきた。一反木綿はオロオロしてる。他の2体もやっぱりオロオロ。


「えー。エス? アサスの言う通り、女性(?)に対してじゃなく、儀式っぽいものの途中なんで格好つけてるだけだと思うぞ。あとハウロンはカーン一筋だから誤解だ」


 仕方なく仲裁しようとする俺。


「ちょっと言い方! あくまでティルドナイ王に仕える者としての敬愛よ!」

抗議してくるハウロン。


「やはり我のアサスを……」

「だから違う!!!!」

アサスを締め上げるエス。


 どうしたらいいのこれ、俺に恋愛の仲裁を期待しないでほしい。


「カオスすぎねぇ?」


 ディーン、そう思うなら収めるの手伝って……!

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