第592話 夜の神殿

 そっと神殿に忍び込む。


 入ったって怒られないと思うんだけどね。人目もはばからず入っちゃったら、我も我もになりそうだし。


 外で飲み食いしてる人も全部入っちゃったら、「騒がしすぎる!」って確実に言われる。先にわんわんとアサスに希望を聞いて、外で宴会に落ち着いたんだし。


 ハウロンに呼ばれたのは、カヌムの面々。暗がりの中でディノッソやディーンたちと合流する。


 ちなみにシヴァにもお誘いがあったようだが、子供たちが珍しいご飯と風俗――エッチな意味じゃないぞ――に大盛り上がりなので、ハウロンの頼みはスルーとのこと。家族代表でディノッソのみ。


 裏口から神殿の広間に見える通路に出ると、松明と篝火の炎が部屋の中を流れる水に映ってなかなか綺麗。


 天井は高く、黒々として大部分は見えない。けれど、屋根に開口部がいくつかあって、そこだけ月明かりで照らされている。昼間は気づかなかったけど、白っぽい金色に瞬く光がいっぱい。


「美しいね……っ!」

クリスがゆっくりと辺りを見回して言う。


「天井に精霊月石せいれいげっせき使ってるのか。贅沢だな」

上を見上げてため息をつくようにディノッソ。


「精霊月石?」

「精霊金の親戚だ。月石っていう、灰色の石が精霊に好かれやすくって、精霊の力がしみるとああして月光を浴びると輝くんだよ。こっちの大陸では割と出るらしいが、中原では精霊銀と精霊金の間くらいの値段だな」

ディノッソが教えてくれる。


 指輪程度の量ですごく高いんだっけ? 精霊金。精霊関係は、俺の中で価値観がよくわからなくなってるんだけど。


 でもなるほど、昼間は灰色か。だから気づかなかったんだな。


「火の時代は月や星の神が人気だったらしいからな」

レッツェが天井を見上げて言う。


「あれは星のモチーフ? だったらいっそ、天井とっぱらっちゃったほうがよくない?」

あんまり雨降らないし、降っても乾燥してるからカビるってこともなく、すぐ乾くし。いっそオープンでいいのでは?


砂漠ここは星空綺麗だもんな。偽物飾るくらいなら本物見てた方がいいよな」

ディーンが同意してくれる。


「それでは昼間に難儀するのではないか?」

首を傾げるアッシュ。


「「ああ、確かに」」

ディーンと俺、二人とも納得する。


 燦々と降り注ぐ砂漠の太陽、日陰じゃないと死ぬ。


「アッシュ様……」

執事が残念そうに声を漏らす。


「お前ら、ソレイユ嬢が泣くぞ」

呆れたようなレッツェ。


「自然からなるものも、人の手によってなされたものも、美しいものはただ美しいのだよ!」

うっとりとしたクリス。


 すみません、情緒がどこかにお出かけ中でした。


「……いくか」

ファンドールたちが先を促すので、しぶしぶ足を進めるディノッソ。


「わざわざ俺に、精霊の姿が見えるように調整までしてきたんだ。よほどの大事というか、なんかやらかされてるんだろうな」

続くレッツェ。


 ちなみにレッツェに姿をそのまま見せてるのではなくって、幻影を重ねて見せてる、が正しいみたい? ファンドールがいるところにファンドールの幻影もある感じ。多分幻影はレッツェ以外に見えてない。


 さては調整めんどくさかったんだな、大賢者。


 広間の突き当たり、短い段を登った先の、石でできた大きな扉の前まで来た。階段を遡って水が流れ、扉の隙間から中に水が流れこんでいく。


「おい、これ。中で溺れてるとかねぇよな?」

ディノッソが聞いてくる。


「えっ!? 大丈夫なのかい!?」

クリスが慌てる。


「ハウロン殿の精霊たちがこうしておりますし、それは大丈夫でしょう。胸まで浸かっているやもしれませんが」

不穏なことを言う執事。


「とりあえず開けるぞ!」

ディノッソが扉に手をかけ、扉を開く。――開こうとする。


 ゆっくり少しずつ開いていく扉。なにせでっかいので、多分ディノッソやハウロン、カーンあたりじゃないと開けないと思う。


「水、水は溜まってはいないようだね? いや、10センチくらい水が見えるよ!? なんでこっちに流れないんだい!?」

「そもそも階段を遡るくらいだしな」

隙間から中をのぞいたクリスが慌てかけるのに、レッツェが冷静に突っ込む。


 うん、なんかそこにガラスでもはまってるみたいに部屋の中に水が溜まってチャポチャポいってるな。


「ディノッソ様、どうやらそれは自動で開くようです」

と、執事が言ったとたん扉が開いて、力をこめていたディノッソとディーン――手伝ってた――がたたらを踏んで、部屋の中によろめき入る。


 扉の脇にある聖火台みたいなのに火を灯して、びっくり顔のファンドール。


「どういう仕組みだろう?」

「精霊関係にしちゃ、音がしたな」

「ふんふん? 火の精霊の力と水と空気、滑車と重り?」

「どんな機構だ?」


 レッツェと二人、興味津々でファンドールに質問を始める。


「お二人とも。中に入りたくないのはわかりますが、諦めてください」

執事に諌められる。


 だって、中からエスの声とアサスの悲鳴に似た大声が聞こえるんです。あとハウロンのなんか弁解。


 話の断片から察するに、ベイリスとシャヒラたち3人を、アサスが讃えて挨拶がわりに口説き始めたところで、エスが来た、みたいな……。


 ソウネ、カーンを水が追ってゆくっぽい演出、かっこよかったけど神殿入場そんな順番だったよね。


 なんか、カーンと初めて会った時も、俺は『精霊灯』に夢中で待たせたっけ。懐かしい――。

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