第591話 祝いの宴

 いつの間にか、酒の入った大きな甕がいくつも据えられ、そこから杯代わりの小さな――それにしたって顔くらいあるが――甕に酌まれ、回されてゆく。別な酒を、徳利みたいなのを抱えて、注いで歩く人たちもいる。


 豚の丸焼きが運び込まれ、人々が千切ってバナナの葉みたいなのに乗せて持ってゆく。


 千切れるの? ちょっと不思議に思って覗いてみたら、なんか千切りやすいように切れ込みが入れてあった。いやちがうか、火が通るように縦横に切ってるんだなこれ。


 しかもなんか赤茶色いというか、辛い匂いがしている。辛いタレにみっちり漬け込まれてから焼いている気配。


 よく見ると、料理や酒を配っているひとたちはソレイユのところの従業員が混じっている。浮かないようにか、こっち風の服装。


 ひよこ豆やナスのペーストが平たいパンに塗られて渡される。スパイスで炒めた米の上に鳥――鶏にしては小さいので鳩か何かのグリルがほぐされ、米と一緒に葉に盛られる。


 小さく刻まれた野菜の料理、蒸された魚、果物の積まれた笊、平な大皿に乗せられた蜂蜜掛けのデザート。


 肉が好きな人は肉の周りに留まり、酒が好きな人は甕の周りに。家族や友達と話したい人は食べ物を持ってあちこちで輪を作り、色々な人と交流を持ちたい人は動き回る。


 こういうときに、酒食をたくさん振る舞える領主っていい領主なんだっけ? カーンは王様だけど。


 笑い声と明るい顔。嬉しそうに弾んだ声、希望に満ちた顔。


 地の民は今は広場の石畳の模様に夢中なようで、ちょっと周りから見ないようにされている。


 こんなに人がいっぱいなのに、這いつくばって床を仔細に見て、地の民同士構造を話してたり、模様の見事さや系統を話している。踏まれそうで怖い。


 人がいない時間帯に満足ゆくまで見せとくべきだったね! 


「あれが『王の枝』……。なるほど、人を惹きつける。自分の理想と近い『王の枝』を視界に納めると、その国と何の関係もねぇのに、どうしようもない望郷の思いに駆られるってのはこういうことか。砂漠を船が走りそうだぜ」


 目が合った猫船長。


 理想……。猫船長の理想って、カーンが王様なこと? 確かに見た目といい性格といい、王様にはなって欲しいよね? うん。


 『王の枝カーン』に共感したってことはそうだよね?


「国が興せて本当によかった」

うなずく俺。


「うん? 何だ? すこし会話が――」

「キャプテン・ゴートは酒は?」

レッツェが酒の入った杯代わりのかめを上げて見せる。


「呑む。人間向けの食事で平気だ。このナリだ、量は舐める程度なんだがな」

「嗜好ごと猫に変わるってんじゃないんだな」

答えた猫船長の乗る、船員に酒の甕を渡すレッツェ。


 レッツェは俺に猫船長が、何を食うのか聞いてきたことがある。その時は続きがあって、「猫の内臓になってるならアレだが、違うのかね? 中身が全部猫だってんなら、脳みそも猫にならなきゃ可笑しい。どうなってんのかね?」と続いた。


 要するにレッツェは猫船長が酒を呑むことを知っている。これは話題を変えろってことだな?


「後で猫の体に悪かった! とかいうオチはない?」

「ねぇから安心しな」


 話題変え半分、心配半分聞いたら、確信してるような答え。なんか知ってる精霊に確認とったとかか?


 猫船長も色々謎だよね。


「ジーン」

「アッシュ」

と、執事。


「おめでとう」

「おめでとう」

祝福を交わして笑い合う。


「……なかなか迫力ある笑顔の嬢ちゃんだな」

猫船長が呟く。


 イカ耳にしなくて大丈夫ですよ、アッシュが怖いのは顔だけです。今日は特別真面目に祝おうとしてくれて、気合いが入ってるだけです。


 元貴族だからか、俺やディーンやクリスたちのように半分物見遊山で参加とはちょっと違う。俺も含めて全員、カーンにおめでとうっていう気持ちはあるんだけど、アッシュのは少し重々しいおめでとうだ。


 あと、最近は怖い顔をしてもちゃんと女性に見えます。


「ふんじゃ、また後で。タダ酒だ、こいつらにもたっぷり飲ませねぇとな」

そう言って酒と料理のある方に移動していく猫船長と船員さんたち。


「猫船長に今日くらい夢を見させてやれ」

見送りながらレッツェ。


 砂漠を帆船で走る夢?


「あれ?」 


 ハウロンの精霊ファンドールが飛んできて、俺の袖を引く。一緒に来た一反木綿はアッシュと執事の周りをぐるぐるしている。新体操のリボンにしては太い。


 俺を引っ張ったり、レッツェを引っ張ったり、ファンドールも忙しい。


「お呼びのようですな」

執事が言う。


神殿のあん中に重量級の神々が3体いるんだ、そりゃ困るだろうよ」


 そう言うわけで、精霊に案内されて裏口から神殿へ。正面から入ったら、誰かついてきちゃいそうだしね。というか、一人入ったら、全員雪崩れ込みそう。


 裏口の通路でディノッソたちとも合流。


「まだ酒に口つけたばっかなのに」

ディーンが愚痴りつつ先に進む。


 こっちに来る前、カヌムでお茶で我慢してたもんね。



 ◇ ◇ ◇


10月10日 12巻発売です。早いところはもう並んでいる様子、よろしくお願いいたします!


 ◇ ◇ ◇

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