第590話 『王の枝』と神々に祝福された国
エシャの民の他、神殿前の広場には猫船長のところの船員さんもいた。
ソレイユがせっせと地の民に話しかけている、その隣の集団。ということは、猫船長もいる? どこだろ?
ああ、船員さんの肩にいた。『王の枝』、見たいっていってたもんね。
町の広さにたいして多くはないけど、少なくない人の数。これから行われるはずの
カーンとハウロンに見出され、戦火の絶えない中原の国々から逃れてきた有能な人たち。すでに記憶も血も遠い、エスに残っていた火の民の末裔。大陸さえも越えた遠い地で、記憶と血を継いでいたエシャの民。
期待とほんの少しの不安、喜び。
遠慮して、正式にこの国の人になる者たちの後ろにいる地の民、猫船長と船員さんたち、ソレイユとファラミア、商会の人。
こちらは仕事を終えた安堵、開放感、これから起こることへの興味。
そして俺たち。ここまで漕ぎつけたことへの祝いの気持ちと、まだ続くであろう苦労への労り。祝福。
空に残ったオレンジ色は消え、篝火に火が入れられたところで、誰かが囁く。その囁きが囁きを呼び、俺のところに届く前に周囲が静まり返る。
地下神殿への階段――ナイル川の水位を測るナイロメーターみたいな階段の続く四角い穴は、今は建物で覆われている。その建物からカーンが出てきた。
天上には冴え冴えとした月、その光がカーンを白く照らす。
ギャラリーの俺たちは建物の影。篝火がいくつも灯され、陰影を作っているがどうも暗い。……ああ、精霊が自分の一部の黒い薄布みたいなので火を覆っている。ハウロンが意図的に篝火を暗くしているのか。
カーンが歩いてゆくところだけ、月の光に照らされ他より明るい。
ハウロン辺りが計算して今日という日と時間を選んだんだろうけど、なかなかの演出。
「『王の枝』が披露されるって聞いたんだがな……」
残念そうに呟く猫船長。
大丈夫、今披露されてる、披露されてるよ!
「今日のよき日に」
神殿の入り口の階段を登り切ったところで、カーンが広場に向き直る。
「火の国シャヒラを
言葉とともに見えるように広げたカーンの腕に、白と黒の繊細な宿木のような枝が絡みだし、肩のあたりに白と黒のシャヒラが現れる。そして背後からカーンの頭を抱くようにベイリス。
どよめく人々。
またモテ男完成図を披露してる。『王の枝』が手中って本当にそのまんまだし、カッコいいし雰囲気もいいのにツッコミどころが満載なんですけど!
「我名はカーン・ティルドナイ。そなたらの国の『王の枝』はシャヒラ、我を守護するは、砂漠の精霊ベイリス! 我はそなたらの捧げる献身の代価として、国民の安寧と国の繁栄を誓う!」
盛り上がる人々。
「今日のよき日に」
カーンの声に歓声が少し小さくなる。
「神々の渡りあり! 賢き者はこの国を侵略しようとするなかれ! 嵐と戦の神わんわん!」
カーンの左を、わんわんが横切りハウロンたちが整えた神殿に入る。
周囲から一層大きなどよめきが起こる。
カーンの発音が「ぅわぁんぅわぁん」に聞こえて、なんかちょっと欺瞞を感じる俺です。
「神々の渡りあり! 我が国民は大地に注いだ労力の分、必ず報われよう! 豊穣の神アサス!」
待って。わんわんはともかく、アサスはその柱に埋まった頭部みたいなのなんとかならなかったの?
「なんと強大な……」
「大きな光が! 二つ!?」
「ジャッカルの影が……! あれが嵐と戦の神のお姿……っ!」
「一瞬、緑と湿った土の匂いがしたぞ?」
「アサス様は『湿った種子』とも呼ばれる、すぐにでも芽吹く植物の種をお作りになられる」
……うまいこと姿を見せている様子。ちょっと正体をほのめかしつつ、はっきりは見せないみたいな?
「寿げ、祝え! 祝福し、今日という日を楽しめ! 我が国民は、今日という日を記憶に残せ!」
そう言って、マントを捌いて背中を見せて神殿に消えるカーン。
カーンを追うように今度はエス川から水が流れ込み、広場を薄く水が渡り、重力に逆らって神殿に流れ込んでゆく。
「今度はエスが……っ! エスの女神がティルドナイ王を追ってゆく……っ!」
周囲がこれ以上ないほど盛り上がり、篝火が急に明るくなって、人々を照らす。頭の上に大きな浅い笊を乗せた人たちが、料理を配り、酒が回される。
俺はハウロンがナルアディードで猫船長と会った時、執事が港でやってたことを思い出した。群衆で声を上げた人、絶対仕込みいるでしょ?
学習したから騙されないんだからな!?
暗い地下の神殿でずっと『王の枝』を持つ者を待ち、人ならざる者に変わっていたカーン。民を失くした王が、今少ないとはいえ民に祝われている。――騙されないけど、嬉しいし、祝いたい。
「……二足歩行の、王の……枝?」
ソレイユも、遠くを見てないで祝ってあげてください。
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