第78話 読書
この図書館についての本を読み終える。字が大きいし厚みの割には早く読めるのだが、章ごとに金箔貼りの美しい装飾があってつい見入る。模様の一部はニカワでエンボス加工みたいに盛り上がっていて、薄い箔が厚みを持った金の塊のようだし、ラピスラズリとアズライトの青が美しい。
いかん、いかん、精霊についての本を探さないと。一応、大まかな分類は図書館の本に書いてあった。広い通路で大まかな分類を探し、本棚の間の細い通路で細かい分類が分かれるようだ。
ただし、うるさい本は別の部屋に隔離されている。ここの本にはほぼ全てに精霊が宿っているのだが、本に宿る精霊も後から憑く精霊もあまり動かず静けさを好むものが多い。
好みの問題ではなく、時間がゆっくり流れている精霊もいるようだが、基本的に静か。ただ冒険譚や一部の魔法の本などは、やる気に溢れる精霊がこう、ね。喋ったり、どったんばったん動いたりして落ち着かないことこの上ないらしく、分類を無視して別な部屋に詰められている。
静かな空間に俺の靴音だけが響く。
精霊を物理ではなく捕まえる方法を――その前に精霊についてかな? 前回みたいに間違えた方法が書かれていて、判別できないのは困る。
選んだのはなるべく古い本と、新しそうな本、同じ本が並ぶ数が多いものと一点もの。
古い本には本質に近いものが書かれているかもしれないし、新しい本には昔の研究者の考え方がわかりやすく纏まっているかもしれない。数が多いものは普及している考えだろうし、一点ものは異端か貴重か。
気になったらそこから読む本の系統を選んでいけばいい。そういうわけで四冊ほど抱えて小部屋にもどる。
飲み物は許可とのことなのでコーヒーを。うん、野営用の実用一点張りのカップしか【収納】してない。ここでこれは残念極まりないけど仕方がない。次回は優雅なカップを持ち込もう。
小部屋をコーヒーの香りが満たす。
一冊目は濃い焦げ茶に金色の美しい装丁、均一に薄く削られた羊皮紙。茶色く変色したインク、白く塗られた下地が少し剥落した頁。静かにテンションが上がるぞこれ。
精霊の中で生まれやすいのは光と闇、この二属性は他の属性と混じりやすい。属性が混じらないほうが純粋で強いけれど、長く存在するほど
地・水・火・風は四元素と呼ばれ、光と闇はちょっと区別があるようだ。光と闇は必ず対で生まれるけど、どの属性にも取り込まれやすい上に、人間が知らずに消費する量も多いので世界に溢れる量には差が出る。
光と火、地は人間の呼びかけに応えてくれやすい――などなど。ややこしいことも書いてあるが、さすが精霊付きの本だ、ちゃんと頭に入ってくる。
羊皮紙も用途によって色々だ。金が美しいのは滑らか、絵が多いものは絵の具のノリをよくするためか少しざらつく。ベルベットのような手触りの本もある。書いてある内容はもちろん質感も楽しめる。
ところで古そうな本に度々、新しい本にも一度、ルフの民というのが出てくる。古い本では精霊に連なる者、新しい本では精霊の末裔となってるけど、精霊が今現在現役なのに末裔とはこれいかに。
まあ、気になるのはそこじゃなくて「勇者はルフと同等の能力を持つ」の一文だ。ルフについても調べたほうが良さそうな気がしてきた。
読み終えた本を返して、新しい本を借りる。ここでは昼も夜もないし、外の音が入ってくることもない。時間を忘れて本を読むなんて贅沢だ。
外に出たら朝だった、空腹も意識しないまま読みふけっていたらしい。リシュの散歩の時間が!
最初に対応してくれた老人に挨拶をし、金を少々渡す。本を買うために貯めたお金はどうやら必要がない。
「ありがとうございます、これで花と水を
この島の水は大部分の場所でかすかに塩辛いらしく、精霊のために良い水を用意したいらしい。
「水はまた別に持ってきます」
はい、またくる気満々ですので。
【転移】して家に帰る。
「リシュ、お待たせ」
帰って声をかけると、リシュが部屋から走り出てきた。
だいぶ暖かくなったとはいえ、まだ早朝はかなり寒い。俺の家はさっきまでいたテルミストほどではないけど、冬でも暖かい地方にある。ただ、山の上だから冬には雪も降る。カヌムのほうがもっと寒いけど。
リシュはさすが氷属性持ち、寒くても元気。あっちにゆきこっちに走り、地面の匂いを嗅いでは俺の歩く山道に戻ってくる。縄張りの確認は大切だし、運動と散歩は違うよね。
テルミストは観光もまだだし、銀細工も見たい。レースはディノッソの奥さんと娘さんへのお土産にハンカチくらいならいいだろうか? いや、それで徴税官とかに目をつけられても困る。
散歩ついでに柳の枝を切って集める。ディノッソ家で籠を編むのに使うのを思い出したからだ。あと栗の板を薄く削いだものとかで、素朴なものから美しいものまで器用に編む。細かい細工物は奥さんが得意で、果物が入れられて食卓に飾られている。
お菓子にこれをつけて渡そう。
家に戻ってリシュをなでながらブラッシング、仔犬なせいかふわふわな毛並み。ブラシをしなくても絡まったり毛玉になったりはしないけど、触れ合いの時間だ。
さて、さすがにお腹が減った。
小ぶりの牡蠣を剥いて、塩水で振り洗い。水と昆布、お酒と塩少々を入れておかゆをつくる。昆布を取り出して牡蠣とほうれん草を投入、すぐに火を止めて蓋をする。
牡蠣は生でも食べられるものだし、温まればそれでいい。取り出した昆布はあとで佃煮にでもしよう。
本日の朝食は
そろそろアッシュたちは帰ってきたろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます