第79話 どうやら無関係

 アッシュたちが帰って来たのはそれから二日後だった。


 そろそろかと、借家で本を読んでいたらおとないがあった。特に何か配達を頼んでいるものもないし、他に訪ねてくる者もないのでアッシュたちだろう。


「お疲れさま、おかえり」

「うむ、無事戻った」

アッシュの髪が濡れている。どうやら家で一度風呂というかたらいに入ってきたようだ。


 アズは濡れた髪が嫌なようで、いつもより肩の端の方にいたのだが俺のほうに移ってきた。


「言ってくれれば湯を沸かしたのに」

肩に止まったアズを指先でくすぐると、小さな体を指に寄せてきた。


「これは土産だ。――申し訳ないが、ぜひ頼みたい」

差し出されたつつみは、討伐のお土産らしい。


 なんだ? トカゲの皮にしては小さいし、ツノっぽくもない。それはともかく。


「入ったんじゃないのか?」

「借りるのには申し訳ないくらいの状態だった。多少ましになったとは思うのだが……」

そう言って眉間にシワ。怖い顔になってる怖い顔になってる。


「ああ……」

俺にもすごく覚えがあります。家で初めて風呂に入った時、すごいことになったことを思い出す。


 調査より長い日数、人の多さから河原で水浴びやら蒸し風呂やらはできなかった感じかな? なお執事は盥で今現在格闘中らしい。


「すぐ沸かそう」

「迷惑をかけるが、さすがに耐えられんのだ。すまん」


 かまどに火を入れて、アッシュが井戸から汲んだ水を鍋に入れる。竃と暖炉に鍋をかけてとりあえずあとは沸くのを待つだけ。うん、バスタブに入れる振りして家の湯と入れ替えるか。


「湯を沸かすだけならもっと薄い鍋でもいいかな」

今持っている鍋はかなり分厚い。長時間煮込んだり、火を消したあともしばらく温かいのはいいけど、湯が沸くまでは少々かかる。


「そういうものかね?」

「うん」


 鍋の前に暖炉にかけていた薬缶の湯で茶を入れる。茶受けは何がいいかな? ナッツ類は遠征中も食べてるだろうし、とりあえずクッキーでいいか。


 缶からクッキーを取り出す。市松模様のアイスボックスクッキー、丸くて厚みのあるディアマンクッキー。


「どうぞ」

「ありがとう。すまんがあまり近づかないでくれるか? まだ自分が少々匂う気がする」

「いや、そんなことはないが……。気になるならそうしとこう」

さて、どれくらいの距離をとればいいんだ?


魔鉄まてつ?」

土産の包みを開けたら溶岩のかたまりのようなゴツゴツした黒い塊がいくつか。


「ジーンが持っている剣はただの鉄だろう? 魔鉄を混ぜると粘りと強度が上がる。鍛冶屋に持ってゆくといい」

魔鉄は鉄を含んだ川辺や沼の魔物の胃袋から時々見つかるものらしく、野営地から少し進んだ沼にいたトカゲから採取したそうだ。


 獲物と一緒に砂鉄とかを飲み込んだものが胃でダマになるのかな? お高い気配がするが、わざわざ持ってきてくれたのだ、ここは遠慮なく。


「ありがとう、森はどうだった?」

「ああ……。ジーンには兄がいるか?」

お茶を一口飲んでから俺の問いに質問で返してくるアッシュ。殿も取れて、呼び捨てにも慣れたようだ。


「いや?」

「そうか」

「なんだ?」

「森でジーンに似た人に会った」


 ぶっ!


「どんな人?」

内心ちょっと焦りつつ。ローブから顔が見えていたか?


「精霊を連れていて、精霊を掴めて、やさしい」

「ん?」


 やさしい?


「あとこれは似ている部分ではないが、不思議な気配がした。属性が定まらずに動くような」

あ、それはローブの中で精霊がたくさん頑張ってくれてたからだな。どうやら俺のことで合っているようだ。


「討伐隊に黒い精霊に憑かれた者が混じっていて、奥に進むにつけおかしくなっていったのだが、金ランクの弓使いニーナ殿が襲われ応戦した。そこで他の男に移ったようなのだが――」


 金ランクの三人は男がアメデオ、弓がニーナ、ローブの女性がローザという回復の使い手だそうだ。俺は黒精霊って呼んでるけど、黒い精霊と呼ぶのか。まあ、どっちでも同じだろう。


 精霊が体の中に隠れてしまうとアッシュも執事も、体の持ち主の気配や魔力に邪魔されて精霊が見えないらしい。


「その男は黒い精霊をどこで拾ってきたんだ?」

「中原で小国同士戦争をしているのは知っているか?」

「ああ」

取っ替え引っ替え数カ国でやらかしているのは知っている。近づかないけど。


「そのうちの1カ国、ハルディアで大規模な魔法を使ったらしい。長い争いで精霊が離れて数が少ない上での行為、大量に黒い精霊が生まれたようだ」

「その国はアホなのか?」


 見えなくても仕組みを知っていれば自重するべきだし、この世界に住んでるんだから、どう考えても過去に黒精霊の被害を実際体験してるよな? 体験してないから実感できてないだろう姉よりひどいぞ。


 どうやら勇者一行は無関係っぽい。あれ、森の黒精霊も戦争の影響というギルドの意見が正しいのか? いや、神々が言っていたことが間違いとは思えないし、両方なんだなこれ。


 なんか精霊の名付けで倍働いていた気分になってきた。


「大抵の傷ついた精霊はまず逃げる。使った人物にそこで直接報復がいくのは珍しいのだ」 

「どっちにしてもアホだ」

「ああ。――ハルディアは今年の作物の収穫は期待できないだろう」


 契約した勇者が亡くなる前、風精霊が誓約したことが二つ。一つはドラゴンを説き伏せ、海の上では人を襲わぬようにすること。一つは森がなくても小さな精霊たちをその力で養うこと。


 二つ目の誓約のせいで勇者という力の供給源を失くした後、風の精霊は力を失っていったという。ユキヒョウの話ではリシュがガブッとやったみたいだし。


 今でも風の精霊の眷属が小さな精霊を運び、中原を吹いている。自然現象的に言えば痩せた土地に栄養豊かな黒い土、水の足りない土地に湿った空気を広く届けている。


 辛うじて小麦などの収穫はできるはずだが、精霊の数を減らしたというのなら無理だろう。黒い土からは栄養が抜け、水は届かない。


「そう言えば、ローザ殿は現れたローブの男をルフの民の末裔ではないかと言っていた。ルフの民については謎が多いのだが」

口に運びかけたカップを止めて、アッシュが言う。


 ――とても最近学習したばかりのことだ。


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