第80話 依頼内容密談中

「石鹸……」


 湯の用意完了、アッシュは一度家に戻り、着替えと薪を抱えて戻って来た。薪を持ってくるところが律儀だ。その間に湯を汲み替えた俺です。


 湯を沸かすのに薪は大体六キロくらい使うかな。ある程度、金を持っていないと家で風呂に入るのは贅沢ぜいたく、大抵は共同浴場にゆく。


 俺はちょっと病気がうつるのが怖いし、エッチなサービスも遠慮したいので近づいていない。そろそろ髪をなんとかしたいのだが、床屋も風呂屋にくっついてるんだよなあ。


 アッシュが共同浴場を使えないのは、性別的に障りがあるからだろう。いや、衛生面も気にしてるかもしれない。


「使いかけで悪いが、それでよければ使っていいぞ」

置いてある石鹸は、泡立つかどうか作った時に一度試しているので新品ではない。


 ついでに浴室の暖炉側の壁――暖炉との間にパン焼き用の窯があるけど――に湯をぶっかけて、蒸気でもうもうとさせた蒸し風呂を時々する。こっちのパン屋にくっついてる蒸し風呂の方式を真似たものだ。


 そう言えば、こちらでは湯に入るのは湯屋ゆや、蒸し風呂が風呂だったな。使い分けできていた自信がない。


「固形の石鹸、しかも獣臭くないとは。ジーン様の家の設備には、よほどの貴族でも敵いませんな」

執事が石鹸に驚いているアッシュにタオルを渡しながら言う。


「狭いけどな」

「機能的でございます。いくつか真似させていただきました」

褒めてもなにも出ません。


「さて、水汲み終わったら火がもったいないし、風呂上がりに食う菓子でも焼くか」

「それは楽しみでございます。水汲みは私めがやりますので、どうぞご用意を」

執事の分の湯の用意だ。


 大鍋が熱くなっているので最初より沸く時間はかからないけど、水で薄めるとはいえ暖炉と竃でそれぞれ二杯は沸かさないといけない。井戸から汲むところからだし。


 アッシュも長風呂するだろうから時間の余裕はあるだろうけど。帰ってきたばかりっぽいアッシュの家に食材が復活してるか謎だし、とりあえず土産用に冷めても平気なミートパイを焼こう。


 執事が風呂に行ったら焼きたてをここで食うために何か……。クッキー、ミートパイ以外、ふわふわ系がいいかな――カステラパンケーキにしよう。


 そう決めて準備を始める。パイシートはズルして【収納】からストックを出して、材料をみじん切りに。牛肉、玉ねぎ、にんにく、ニンジン、マッシュルームみたいなキノコ。


 こっちでは、ニンジンの色がオレンジから紫、白とかカラフルで細長く、葉っぱも食べる。葉っぱはちょっと清涼感がある味。


 窯に放り込んで終了。カステラパンケーキはメレンゲを作るし、もう少ししてから作り始めよう。  

 

「アッシュが森でルフっぽいのに遭遇したと言っていたが、騒ぎにでもなっているのか?」

水汲みを終えた執事に茶を出して話題を振る。


「ルフうんぬんはローザ様ですね。シュルムトゥス王国が勇者召喚をしたと噂がここまで届いております。ローザ様は王国に少々因縁のある方、対抗するためにも見つけたいのでしょう。ルフの末裔が生き延びているというのは、だいぶ願望混じりだと思っておりましたが……。ただ、今回はあたりかもしれません」


 ハズレです。


「ギルドにはしばらく寄り付けないな。金ランクってことは精霊が見える気がするし」

「ええ、ローザ様は確実に。あの方は喚び出して契約することも可能かと思われます。アッシュ様を近づけたくないのですが、なにぶん手元不如意」


 勇者召喚の国と因縁があって対抗する気満々って、俺にとっても地雷以外の何者でもない。


「対抗するのにルフを探しているなら、精霊が見えて戦力になりそうなアッシュは目をつけられそうだな」

そして協力を頼まれた場合、断ることができるのかどうか。


「ええ。少し休んだらまた奥に行くそうですので、それに巻き込まれなければなんとか」


 執事も大変だな〜と思いつつ、森の中の聖域に掘った平な建設予定地をちょっと偽装してこようと考える。だいぶ遠いので大丈夫だと思うけど、奴ら水辺に沿って動きそうだからな。


 聖地の泉から流れる水がどこへ通じているか調べておくべきだった。いっそ姿を見せて、「ルフじゃありません」宣言するべきかな。面倒臭い。


「ああ。アッシュの方は俺とかが先に何か依頼をしてしまえば平気なんじゃないか?」

性格上、先に受けた依頼を優先するはずだ。


「なるほど。ぜひお願いいたします」

「だが依頼内容はどうする?」


 執事と二人でしばし密談。



 アッシュと執事が交代したところで、気を取り直してカステラパンケーキ製造。


 卵黄と卵白を分けて、卵黄は牛乳と混ぜて、卵白は砂糖を加えながらメレンゲに。ふくらし粉ベーキングパウダーがないので、ふんわりやらふっくらやらはメレンゲで調整する。泡を硬くするとか、砂糖を入れるタイミングとかで結構頑張れる。


 パンはイースト菌で問題ない。問題はケークサレとか砂糖を使えない料理だったのだが、これもメレンゲを乾燥させて砕いたものをメレンゲに混ぜることで解決。


 卵黄のほうとメレンゲをさっくり混ぜて、小型フライパンスキレットに流し込み窯の中へ。焼いている途中で取り出して十字の切れ込みを入れる。そのあとはこまめに回して焼き色が均一になるように。


「なかなか手間がかかるのだな」

「そうか?」

風呂上がりのアッシュが興味深そうに窯で作業をする俺を見ている。執事もそろそろ風呂から上がってくるはず。


「お待たせいたしました。いいお湯でした、ありがとうございます」


 よしよし、ナイスタイミング。


「ああ、ちょうどできた。熱いから気をつけろ」


 スキレットの上にぷっくりとドーム型に膨らんだカステラパンケーキ。十字の切れ込みは薄黄色、他の部分はきつね色。その上にバターをたっぷり、メープルシロップを添えて。


 ふわふわの生地にバターがしみてゆく。コーヒーが欲しいが仕方がない、これだけでもだいぶ幸せな味だ。




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