第77話 精霊図書館

 やってまいりましたテルミスト島。透明度の高い紺色の海と石灰岩の白い海岸、砂浜ではないけどきれいな風景だ。南に山があって、北にも細い山脈が走っている。真ん中は平野。


 南の山にある城と東の海岸に建った城塞、西の神殿と王の墓。平野の真ん中にある城塞都市は丸く、今までの街よりさらにからりとして、雨が少ないらしく背の高い木はあまりない。街中にたぶん人が植えた物が少しだ。


 ここの島はカラレの村のレースとハシルナの街の銀細工が有名だそうだ。大きな国が一つ、小さな国が二つあるが、二カ国とも大きな国の属国で島の内では平和が長く続いているらしい。大陸にある国がちょっかいかけてくるから海岸に城塞があるんだろうけど。


 レースや銀細工を見て回ろうかと思ったが、まずは寺院だ。散財する前に肝心の本を確保しないと。


 ルゥーディルの指定した寺院は朽ちかけていた。ここでいいのだろうかと思いつつおとなうと、出てきたのはズルズルした亜麻布をまとった人。頭頂部に毛がない髭をたくわえた老人だ。


「どうなされた」

「こちらに本が置いてあると聞いて来たのですが、見ることは可能ですか?」

ちょっと不安に思いつつ。


 だが、指定された山裾やますそにある建物はこれだけだ。


「おお、黒髪に紫の目、その容姿。そなたがルゥーディル様の告げた者か」

「ここに来るようにと」

「そなたにもルゥーディル様のお告げがあったのだな」


 あれをお告げといっていいのか迷うけれど、言われて来たのは確かだ。


「こちらへ」

積まれた石壁がところどころ崩れ、ヒビが入っている。通路の石は平らではなく、油断しているとつまずく。


 それでも祭壇らしいルゥーディルの像のある部屋はましで、それなりに手入れがゆきとどき、天井の明かりとりの窓から像に向かって光が差している。


「ここで見たことは口外しないという沈黙の誓いを」

「誓います」


 老人が何かすると像の後ろの壁の飾り板が開いて、ぽっかりと通路が。いつの間にか燭台しょくだいを手に持った性別不明の子供――精霊が通路に現れる。


 見えない・・・・状態でも見えるということは、それなりに力のある精霊なのだろう。青髪碧眼、陶器のような白い肌、色味は違うがどこかルゥーディルに似ている。


 見えるように・・・・・・すると燭台に蝋燭ろうそくはなく、こちらも小さな光の精霊が遊んでいる。


 ついてこいと言うように、一度こちらを見て歩き始める子供。どうやら老人はここまでのようで、子供に対して浅く頭をさげたまま入り口にとどまっている。


 子供の精霊についてゆく俺。灯は精霊の淡い光だし、秘密の通路はわくわくするね!


 暗い通路を進みもう一つ扉を開けた先は、ドーム型の天井に床のモザイク画が見事な図書館。光の属性を持つ精霊が飛び交って、天井付近は日が差すように明るいが、本に落ちる光はとても淡い。


 直射日光は本を痛めるし、蝋燭がないのも火を嫌うためだろう。扉から出た場所は真っ直ぐに続く広い通路――ホールといってもいいかもしれない――左右には俺の背よりはるか高いところまで続く本棚。


 建物の二階、三階部分にあたる場所に本棚から突き出るように通路がある。一階の本棚の間にも通路や扉があり、目に見える棚にはびっしり本が詰まっている。


 多分山の中、地中にある部屋なのだと思うのだが天井がはるか高いために窮屈な印象はない。目の前の通路がどこまでも続いてるしね。風の属性を持つ精霊もいて本の匂いはするけど、空気も淀んでいない。


「魔法や召喚、精霊に関する本だったね?」

「ええ。でもここの成り立ちも知りたくなりました」


 広い通路の真ん中の台座に置かれた一冊の本を手に取り、黙って俺に渡してくる。


 受け取るとまた歩き出し、本棚の間の扉を開けて入るように促された。小部屋には椅子と机、寝椅子があった。そして閉じられる扉、どうやら案内はここまでのようだ。


 渡された本にはこの図書館の概要と利用方法が載っていた。成り立ちの最初は知を欲した本狂いの皇帝が金に糸目をつけずに集めたこと。この島ではなく、今は竜の飛ぶ地になっている、さらに南の大陸にあった帝国のようだ。


 金にものを言わせるだけでなく、国内や影響下にある国々はもちろん、近くを通る商人や港へ停泊した船から本を巻き上げ、写本を作る。そして持ち主へ返されるのは「写本」の方。なかなか強引なやり方で蔵書を増やしたようだ。


 そして帝国は魔物と竜に飲み込まれる。


 その後、朽ちるか焼けるかの運命だった蔵書をここに移したのがルゥーディル。やがて本の精霊が生まれ、結合し図書館の精霊になったのがあの子供のようだ。ルゥーディルの眷属だそうだ。


 今もこの図書館は蔵書を増やしている。精霊が外の世界の本にいたずらをして消した文字が、この図書館の写字台に据えられた真っさらな本に浮き出て写本ができるらしい。


 ……まさか、いたずらじゃなくて文字を写すために消したり違う文字や記号をかきこんでるんじゃあるまいな? 


 ここのルールは貴重だろうが低俗だろうが、一冊しかない本は禁帯出、同じものがある本は許可をもらって持ち出し可。


 持ち出した本は持ち出した者が死ぬとこの図書館に返るため、許可なく持ち帰ると精霊に命を狙われるオプション付き。


 持ち出しの許可と自分で探せない本は司書――さっきの子供の精霊――に頼むこと。音を立てるのはなるべく慎むこと。飲食禁止だが、小部屋は飲み物のみ可。


 どうやらこの図書館にいるのは精霊と俺だけ。これだけ精霊が多いとおしゃべりでなくともうるさいのだが、ここは静か。この部屋にいる精霊は、光や風単体ではなく、静寂やしじま、沈黙などの属性が付いている。微風と密やかさの精霊とか、薄日と静けさの精霊とかいった具合だ。


 ルゥーディルはここを寺院と言っていたが、静謐せいひつで孤独な空間は確かに寺院と同じ空気。


 ルゥーディルが司るのは大地と静寂、魔法だったな。いったいいつから存在してる精霊なんだろう? ここの司書より古い精霊なのは確実――って、リシュってさらに古いのか? あれ?

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